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160亀甲の本場結城紬が誘ってくれた世界 「つむぎみち」 vol.13(最終回)

160亀甲の本場結城紬が誘ってくれた世界 「つむぎみち」 vol.13(最終回)

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『きものが着たくなったなら』(技術評論社)の著者・山崎陽子さんが綴る連載「つむぎみち」。おだやかな日常にある大人の着物のたのしみを、織りのきものが紡ぎ出す豊かなストーリーとともに語ります。

今年最後の着物結城紬

今年もあと10日ほどになりました。
クリスマスも忘年会も、みんなで集まってワイワイとはいかない年末ですが、それでも仕事を納めるメドがつき、恒例の家事ができる年の瀬を、いつもに増してありがたく感じています。
今年最後の着物はこの結城紬に決めています。

ジャストサイズの出会い

初めて会ったときは、「私より誰かもっとよい人のところへどうぞ」と、棚に戻しました。ところがしばらくして別の要件で出かけたら、まだいるではないですか!目が合ってしまいました。
羽織ったところ、ジャストマイサイズ。しつけ糸がついたままの仕立て上りの新古品で、八掛の色もよく、細かな縫い目が袖口や掛け衿の表に出た“飾りしつけ”のカジュアル感も好み。証紙もついていました。

足元から漂う気品

160亀甲(亀の甲羅に似た形の、絣模様の単位)の細かさは、100亀甲の結城と比べても、肉眼ですぐ差がわかるほど。触り比べれば納得の糸の細さです。ちなみに、絣は亀甲の数が多いほど糸が細くなります。反物の幅(約37㎝)に、亀甲が100個並んでいるのが100亀甲、160個並んでいるのが160亀甲。現在の主流は80~100亀甲でしょうか。160亀甲はもはや1年に2反出るかどうかというほど希少になっています。その着心地は、軽くて暖かいというだけでない“何か”がありました。

結城紬は1956年に「糸つむぎ、絣くくり、地機織り」の3要件が国の重要無形文化財に指定され、その後、2010年にはユネスコ無形文化遺産に登録されました。
その歴史は古代から織られていた『絁』(あしぎぬ)にまで遡ることができ、日本各地のさまざまな紬織りの原形といわれています。その実用性と耐久性はやがて武士たちに愛され、鎌倉時代から室町時代にかけ、もてはやされました。江戸時代になると、今度は大店の旦那衆や武士に好まれ、人気を博します。女性たちのお洒落着として進化したのは、明治に入ってから。それまでの無地や縞に加えて、江戸末期から絣が織られるようになり、亀甲による柄の表現が豊かになったことが、結城紬をさらに開花させました。

その製作工程を詳しく説明すると1冊の本ができてしまうほどなので、結城紬の大きな特徴を5つだけピックアップします。

①真綿かけ
繭を煮て水にさらし、蚕を取り出して袋状に広げていき、袋真綿を作る。繭5~6個で袋真綿が1枚できる。だいたい1反で380枚ほど必要。

②糸つむぎ
竹でできたツクシという道具に袋真綿を広げて巻きつけ、そこから糸を引いていく。途中で切れそうになると、指に唾液をつけてねじるようにし、細く長く。糸にムラが出ないよう、太さが均一になるよう真っ直ぐに引き、桶にためる。1反分の糸を紡ぐのに2ヶ月ほどかかる。

③絣くくり
丁寧に糊づけされ乾かした糸に、絣の図案を当て、糸束をくくる位置に墨で印をつける。その印の部分を木綿糸でくくる。くくる力は一定でなければならず、細かな文様になると1反で数万箇所に及び、作業に半年かかることも。その後、調合した染料によってたたき染めが施される。くくった部分だけが白く残る。

④地機織り
経糸(たていと)を織り手が腰でつる古い形式の織り方。腰で糸の張りを調節しながら、足につけた紐で下糸を開け、筬(おさ)で緯糸(よこいと)を通した後、大きくて長い杼(ひ)でしっかり打ち込む。人と糸が一体となるため、糸に余計な負荷がかからず、打ち込みがしっかりしているのに、優しい風合いが生まれる。

⑤地入れ
反物が売れると、それはいったん産地に戻り湯通しされる。何度も丁寧に洗い、手繰りながら糊を落とす。落とし過ぎず、残し過ぎず、その反物に合わせ適切に。その後、伸子(しんし)を張り天日に当て乾燥させる。

極上の着心地を

2020年10月、東京のシルクラブで開催された『結城を紐解く』展へ、この結城紬を着ていきました。会場では、小柳阿佐子さんが地機実演をされ、地入れ実演のため、その日と翌日の2日間だけ横島徹さんが来訪されていました。

私のことを(私の着物を!)遠くからチラチラ見ていた横島さんが、近づいてきます。じっと見つめます。そして「この着物、僕が地入れしました。よく覚えてます」と目を細めました。その展示に協力していた結城紬産元の小倉商店の若社長も見に来られ、「確か生地帳に残っています」とおっしゃいます。

織り手の小柳さんからは「触らせてもらっていいですか?」と声をかけられました。
「今ではこれほど細い糸を紡げる人がいなくなりました。熟練者になれば160亀甲の糸が取れるかというと、そう簡単なものじゃないんです。努力もあるけれど、その人自身の指の使い方やクセ、持って生まれた技能が必要なんです」とお話しくださいました。

「着物人が最終的に行き着くのが本場結城」とはよく聞くことですが、数年着てきて「確かに」と思います。お蚕さんに対する敬畏、古式ゆかしい道具による手仕事の数々、お天道様のご機嫌を伺う外での作業。効率やスピードとは無縁のこの織りから得られるものは、極上の着心地だけではありまん。

着物の縁に思いをはせる

この着物は兵庫の呉服店の仕立てでしたので、関西にお住まいの方が買われて、着用のチャンスがなくそのまま仕舞われていた。それが市場に出て、四国の呉服店の目利き店主が見つけた。それを私が迷った末に購入し、着て出かけたら、製作した方たちとお会いできた。

着物を着るようになって、いくつかの驚きに満ちた出会いがありましたが、この結城紬もそのひとつ。軽く暖かいだけでない“何か”。それは、2000年もの間、綿々と受け継がれた時間、1反の反物が出来上がるまでの時間、その反物が産地を離れてからの時間……。
時の連なりと導きをまとっているように感じるのです。今まであちこちを旅して、ちょっと辛い時期もあったけれど、安住の地を見つけた。そんな風に着物が思ってくれたなら、と。

今日は駒田佐久子さんの大らかな型絵染めの帯に、『マルニ』のスカーフを帯揚げにして。バッグの生地はフランスのウール地。時には、柄の半衿をつけることもあります。いい紬を着ると少し外したくなるのは、どういう訳でしょう?

「思い切って好きな球を投げ込んで来い」とミットを構えるキャッチャーのように、本場結城紬はどっしりと、着る人を泳がせてくれる。どんな球だって体を張って受け止める包容力があるのです。

本場結城紬のコーディネート

・本場結城紬 160亀甲
・型絵染めの帯 松飛鶴薔薇 駒田佐久子
・帯揚げ マルニのスカーフ
・帯締め 平家納経 道明
・草履 リザード 神田胡蝶
・バッグ 緙室sen

最終回によせて

「つむぎみち」というお題をいただき、初夏から冬までその季節に愛用している着物と帯について書かせていただきました。
短い期間でしたが、お読みいただきまして、ありがとうござます。
ふだんの暮らしの中でどんなふうに着ているのかが伝わるように、撮影は仕事のパートナーであり、公私ともに親しい佐伯敦子に頼みました。写真係と謙遜しますが、その画像がリアルな一瞬を切り取り、彩ってくれました。
来年の春には、私の着物生活にも新しい展開があり、京都きもの市場さんとの楽しい企画も待っています。冬至を迎え、これから少しずつ昼の時間が長くなっていきます。今日より明日、今月より来月が明るくなりますように。またお会いしましょう。

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