着物・和・京都に関する情報ならきものと

“蝉の翅”と称される夏の絹、「明石ちぢみ」の繊細さ 「つむぎみち」 vol.5

“蝉の翅”と称される夏の絹、”明石ちぢみ”の繊細さ 「つむぎみち」 vol.5

記事を共有する

『きものが着たくなったなら』(技術評論社)の著者・山崎陽子さんが綴る連載「つむぎみち」。おだやかな日常にある大人の着物のたのしみを、織りのきものが紡ぎ出す豊かなストーリーとともに語ります。

暑がりのくせに、うすものが好きです。
今年も猛暑の予報が出ていますが、「何を着ても暑いのなら、好きな着物を着る」というのが、私の意地。
ただひとつだけ心がけているのは、「どんなに暑くても、暑苦しく見えないようにしたい」ということです。

白地の縞の着物に黒っぽい帯

子どもが小学生のころ仲良しだったお母さんは、日舞の名取でした。授業参観や保護者会にもキリッとした和装で参加していましたが、ある夏、白地の縞の着物に黒っぽい帯を締めていた姿があまりにも涼しげで、「その着物、なんていうの?」と聞いたことがあります。
彼女は「ちぢみよ」と。
当時は着物に興味がなく、詳しい話はすっかり忘れてしまったけれど、「ちぢみ」という楽しい言葉の響きは、友達の小粋な着姿とともに、私の記憶の片隅に残りました。

あれから10年、私が最初に選んだ夏ものも「ちぢみ」でした。

ちぢみとは、糸に強い撚りをかけて織ったあと、湯もみをして撚りを戻し、表面に細かなシボを出した織物。肌にはりつかず爽やかなことから、夏の着尺地として重用されてきました。
素材は麻や綿、絹があり、それぞれの清涼感と着心地があります。

私は2014年に麻の「小千谷ちぢみ」を求め、その2年後、この絹の「明石ちぢみ」を迎えました。
同じちぢみですが、麻と絹では表情がまったく異なります。
麻がざっくりカジュアルな風合いだとしたら、絹はさらっとドレッシー。
その軽さ、薄さ、上品な透け感は「蝉の翅」になぞらえられ、「着たら放せぬ味の良さ」と唄われました。
夏着物というより、うすものと呼びたくなるのも、それゆえです。

「強い撚りをかける」というのがどの程度かというと、明石ちぢみの場合、糸1mあたり、約4000回といわれています。
これほど撚ると、微かな不純物が混ざっただけで、汚れが目立ち、色が濁ってしまいます。
それを防ぐために、繭の吐き始めや吐き終わりの糸は使わず、純度の高い中ほどの糸のみを原料にするという神経の使いよう。

また、緯糸の撚りは「八丁式撚糸機」でかけ、糊付けは植物性の糊料を手で揉み込むことなど、全行程に細かな要件が定められています。
高度な技術と張り詰めた集中力によって、「明石緯」という独特なシボが生まれるのです。

約400年前、江戸時代に播州明石藩の舟大工の娘・きくによって創案されたちぢみは、産地と素材が変転しました。
時代とともに改良がなされ、新潟・十日町での技術研究が実を結び、明治30年ごろ、現在の明石ちぢみが完成。大正・昭和のはじめに高級夏着物として一世を風靡します。
しかし大戦後廃れ、織られなくなりました。
「幻のちぢみ」といわれる所以です。
平成10年に十日町の「吉澤織物」が復刻しなければ、私たちは明石ちぢみの着心地を知ることはなかったのかもしれません。

美しい絣のグラデーション、透明感のある色、ほのかな透け具合となだらかな落ち感は絹ならでは。
そこにシャリっとしたシボが加わり、まるで上等なシャーベットのようなテクスチャーです。

左:藤色の麻の襦袢 右:海島綿の白襦袢

左:藤色の麻の襦袢 右:海島綿の白襦袢

私の場合、6月なら藤色の麻の襦袢で落ち着いたトーンを。
7月に入り本格的な夏を迎えたら、真っ白な海島綿の襦袢でより明るく着るようにしています。
インナーによって、全体の色調を微調整できるのもこの着物のよさです。

きちんとした帯でおめかし風にも、麻の帯で気楽に着ることもできる。
その汎用性は、うすものには珍しく、普段着が多い私にとって、ここぞ!のよそゆきにもなっています。

今日は夏の保護者会で友達が装っていたように、黒い帯を締め、色数と彩度を抑えてみました。
蒸し暑い夏日でしたが、ときおり身八つ口から入ってくる微風のなんと心地よいことでしょう。

黒い帯を締め、色数と彩度を抑えた

一重なる蝉の羽衣夏はなほ薄しといへどあつくぞありける 
               能因法師(後拾遺和歌集)

平安時代の人も、どんなに薄い衣を着たって、暑いものは暑いと詠みました。
そう、いつの世も夏は暑いのです。
せめてワクワクする着物を着て、うきうきと出かけなくては。

ワクワクする着物を着て、うきうきと出かける

・十日町明石ちぢみ(吉澤織物)
・十代坂東三津五郎 紗織丸紋九寸帯
・三分紐(道明)
・パールの帯留め(指輪からリメイクしたもの)
・絽縮緬帯揚げ
・和装バッグ(かづら清老舗)
・夏素材の数奇屋袋(龍村織物)
・畳表の草履(祇園ない藤)

明石縮の参考サイト
https://www.kimonoemakikan.co.jp/akasi/index.html

シェア

BACK NUMBERバックナンバー

LATEST最新記事

すべての記事

RANKINGランキング

  • デイリー
  • ウィークリー
  • マンスリー

HOT KEYWORDS注目のキーワード

CATEGORYカテゴリー

記事を共有する