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『きものが着たくなったなら』(技術評論社)の著者・山崎陽子さんが綴る連載「つむぎみち」。おだやかな日常にある大人の着物のたのしみを、織りのきものが紡ぎ出す豊かなストーリーとともに語ります。

座繰りの玉糸が生む”しょうざん生紬”の素朴 「つむぎみち」 vol.3

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『きものが着たくなったなら』(技術評論社)の著者・山崎陽子さんが綴る連載「つむぎみち」。おだやかな日常にある大人の着物のたのしみを、織りのきものが紡ぎ出す豊かなストーリーとともに語ります。

いよいよ生紬の出番

暦は「芒種」を迎えました。
入梅まぢかの湿度の高い空気が肌にまとわりつくようになると、「生紬(なまつむぎ)」の出番。ところどころに節が織り込まれた単衣は、鬱陶しい季節に、清々しい着心地を約束してくれます。

生紬の清々しい着心地

純粋な絹なのに、絹ばなれしたざっくりした風合いを持つ生紬。その秘密は?というと…。
まず原料が「玉繭」であること。玉繭とは2匹以上の蚕が作ったいびつな形の繭で、生糸の原料として機械にかけることができず、普通ははじかれてしまう。いわば、形が悪くて出荷できない野菜のようなものです。
次に糸づくり。玉繭を煮て、「座繰り」という昔ながらの手動糸繰り機を使い、「玉糸」をつくります。2匹以上の蚕が作った繭ですから、吐き出された糸は絡み合っていることも多く、それが独特の節になります。

最後に糸の精錬。絹の原糸は「セリシン」という粘着性タンパク質で覆われています。それをきれいに取り除くことによって、美しく艶やかな絹糸になるのですが、生紬はその精錬工程を途中で終わらせてあえてセリシンを残すのです。

見かけは悪いけれど味のよい素材を、丁寧に下ごしらえし、素材の持ち味を生かして料理する。生紬の糸はそのようにして生まれます。

実は「生紬」の正式名称は「しょうざん生紬」。京都の着物メーカー「しょうざん」が命名し商標登録されたブランド名なのです。
「しょうざん」の創業者・松山政雄さんは、戦後いち早くシルクウール着物やウールお召を開発して、財を成しました。やがて訪れる高度経済成長、呉服店は絹の高価な外出着をメインに扱うようになり、普段着は下火に。そんな時代に松山さんが目をつけたのが、赤城山麓の民家で伝え継がれていた玉糸の織り。その紬に「茶や辻」の染めを施した訪問着などをつくったのです。

しょうざん生紬「茶屋辻」

「ときは1970年代の初めですから、染めの紬なんて邪道だ、単衣で八掛もつかない訪問着などもってのほかと、問屋も小売店も猛反発。しかし、松山の目は常に消費者を見ていました。型摺友禅で、ざっくりした素材に色をのせていくのにはとても高度な技術が必要でしたが、職人たちの腕にも自信がありました。根気強くその良さを伝えるうちに、染めの生紬は、おしゃれなお客様たちに浸透し、今では生紬の8割が茶や辻文様。しょうざんの代名詞になりました」と、話してくれたのは、長年「しょうざん」に勤務した奈須誠さん。
開発から50年、柔らかものとはひと味違う染め紬は、着物愛好家の憧れとなったのです。

裾が擦り切れるまで着てお手入れをする

私は2016年の夏前に、この着物に出合いました。仕立て上がりでしつけ糸がついていた新古品。染めが施されていない分、巧まずして現れる節のニュアンスがダイレクトに感じられ、すっかり魅せられてしまいました。
絹なのにちょっと麻にも似た感触、どんな帯も受け止めるキャンバスのような色、からだのラインを拾わないハリと美しい透け感…。着始めのころ手強かったコシは、裾が擦り切れるまで着て、お手入れをしているうちに、優しくなってきました。

どんな帯も映える着物ですが、6月になるといち早く締めたくなるのが、染織家の西川はるえさんにオーダーしたイラクサと大麻の帯。生紬と麻がタッグを組むと、不快指数が10くらい下がるように感じます。

西川さんは主にネパール産のイラクサ(アロー)と大麻(ヘンプ)の手紡ぎ糸を使い、デザイン、糸の選別、染め、織りに到るまで、すべてをひとりでこなします。藍染めは琉球藍の泥藍を自ら建てて、いちばんいい状態のときに染められるよう世話を欠かしません。
私が工房を訪ねたのは、大きな台風が過ぎ去った直後の秋の日。横須賀の先、浦賀の海と空の色が異様に青かったのを覚えています。かせの状態のイラクサと大麻を触り、藍甕を覗き、機織りの作業を拝見しました。

藍染めは琉球藍の泥藍を自ら建てて
写真提供・西川はるえ
縞のピッチや色合いはお任せで
写真提供・西川はるえ

藍を基調に縞を入れてもらうことは私の頭の中にありましたが、その縞のピッチや色合いはお任せしました。何もかもひとりでやると覚悟を決め、一切を自分に背負わせる人を私は信用しているし、言葉のやり取りから絶対にいいものができると確信したからです。
2018年の4月に、帯が届きました。果たして想像以上の作品で、「夏のほとり」という素敵な題がついていました。
「夏そのもの、というよりも、夏の気配・きわ・景色を感じることを想い、この題といたしました」という手紙の文章を、何度も何度も噛みしめました。

プリミティブな生紬はパワフルな帯と呼応し、毎年私を夏のほとりへ連れていってくれるのです。

プリミティブな生紬がパワフルな帯と呼応して
しょうざん生紬と西山はるえさんの帯のコーディネート

・しょうざん生紬単衣(しょうざん)
・イラクサと大麻の八寸名古屋帯(西川はるえ)
・近江麻の帯揚げ(きねや)
・三分紐(衿秀)
・白珊瑚の帯留め(松原智仁)
・樺細工の下駄(イトノサキ)
・バッグ(ルイ・ヴィトン)
・扇子(坂田文助商店)

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