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襟の合わせ方で役の背景を語る 若村麻由美さんインタビュー(後編)

襟の合わせ方で役の背景を語る 若村麻由美さんインタビュー(後編)

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前編では、3歳から始めた日本舞踊のこと、四姉妹で着せ合った振袖、受け継ぐ着物についてうかがいました。後編では俳優として役のなかでの着物や、所作、歌舞伎俳優から学んだことなどをうかがいます。

2025.08.19

インタビュー

四姉妹で振袖を着せあいっこして 若村麻由美さんインタビュー(前編)

役になるため足を運ぶ

――俳優として着物の着方で気をつけていることはありますか。

襟の合わせ方で、その役の仕事やキャラクターが出ると思っていますので、研究して着るようにしています。

例えば、ひとくちに芸者といっても、上方の芸者なのか、江戸の芸者なのかによって襟の抜き方も違います。現代でも関西手、関東手といって、帯の巻き方も違います。小物や簪も違いますから、そういうところもなるべく忠実に。

誰かが教えてくれるわけではないので自分で調べました。それこそ新派の花柳章太郎さんや、初代水谷八重子さんの古いビデオを探し出してみたり。

あと幕末の頃の写真や江戸期の絵ですね。いまはネットでいくらでも昔の古いデータがでてきますが、私が芸者の役をやった30年前くらいは、そういう古い写真や絵を求めて古本屋巡りをしたり図書館や美術館へ行ったりと、ずいぶん足を運びました。

誰かに教えてもらうというよりは、自分で探しました。いま振り返ってみても、それが良かったと。やはり自分で一生懸命探したものは忘れないですから

辰巳芸者の色気と心意気

――役で着た着物で印象に残っているものはありますか。

「たくさんありますが、先ほど話した自分で着方などを調べた芸者の衣裳でしょうか。

中でも芸者の正装と言われる黒芸者の美は、なんて計算尽くされているんだろう!と感動したんです。黒紋付の引き着に真っ白い襟で、細く赤が見えている。この効かせ方がなんとも魅力的で。いかにも『色っぽいでしょう?』というのではなく、黒白赤のコントラストの中にキリッと、滲み出るような色気がある。

あと、襟の合わせ方、抜き方とでもいいますか。それと帯の締め方も交差させて粋に魅せるところが絶妙ですよね。

辰巳芸者の役でしたね。当時、辰巳芸者だけが紋の入った黒い羽織を羽織ることを許され、羽織芸者とも呼ばれていました。それくらい気風がよく男気のある姐さんたちだった。黒羽織に素足というのが、彼女たちのシンボルだったわけです。その役をさせていただきまして、2月の撮影でも素足なので本当に辛かったです(笑)。

人間は『首』というところを温めることが身体を冷やさないためには一番大事なのですが、芸者はこの首が全部でているんですよね。 襟を抜いて背中から首がでているし、袖から手首もでているし、素足で足首まで。冷え切ってしまい身体に悪いと思いました(笑)。江戸芸者の心意気は、痩せ我慢するところに格好良さを見出す江戸っ子気質があったのでしょうね

大先輩に認められて

「連続ドラマで芸者役を演じていたとき、まったく面識のない大先輩の映画女優さんから『あなたの芸者ぶりがすごくいいから着物を差し上げたい』と事務所にお問い合わせいただいたんです。本当に驚きました。まさかこんなことが私の身に起こるとは思わず、大感激しました。

その方は花柳小菊さんとおっしゃって、映画全盛期に市川右太衛門さんや片岡知恵蔵さんの相手役として何本もの映画に出演されていました。粋な役がとてもお似合いで気風もよく美しくすらっとしていて。画面を見て身長も近いと思われたのでしょうか、『きっと寸法も合うと思うから』と羽織と訪問着を送ってくださいました。

大先輩からの思いを引き継いで、いつか私も次の方へお譲りさせていただくつもりで、いまは大切に着ています。大切にお預かりしている身ですね

歌舞伎や新派から所作を

「過去に私が主演させていただいた山本周五郎原作の連続時代劇『柳橋慕情』のような文芸作品は女性主演がよくありますが、殺陣(チャンバラ)がメインの娯楽時代劇は女性主演ではなかなか成立しないのだそうです。

『それを若村麻由美のために作ります』と、数々のテレビ時代劇を世に送り出した名プロデューサー能村庸一さんが京都の時代劇スタッフと作ってくださったのが、殺陣あり、踊りあり、江戸太神楽ありの十七変化、連続娯楽時代劇『夜桜お染』(2023年フジテレビ)なんです。

20代の頃から時代劇役者として育ててくださったスタッフのみなさんでしたので、小菊さんから着物をいただいたと知り、みなさん大喜びしてくださいました

『夜桜お染』はフィルムで撮った連続時代劇の最後の作品だったのではないでしょうか。単発のスペシャルドラマでは『鬼平犯科帳』が中村吉右衛門さんのご意向で同じくフィルムで撮られています。

鬼平ファイナルの時には、吉右衛門さんと 2人で屋台でお酒を酌み交わすシーンがあったのですが、じつは 2人ともお酒が飲めなかったという

『僕はお酒が飲めないんだよ』と、お酒に見立てたお水をおいしそうに飲む姿が忘れられません。歌舞伎俳優の方たちからはいろいろ学ばせていただくことが多かったです。

私、お酒も飲めないうえにタバコも吸えないんですね。以前、舞台でタバコを吸うシーンがあったのですが、ドラマ『光源氏』などでご一緒した片岡仁左衛門さんが観劇後に楽屋にお越しくださり『タバコの持ち方で、吸っていないのがすぐにわかるぞ』とタバコの吸い方を教えていただきました。

キセルなどは時代劇のいい小道具なので、歌舞伎や新派のお芝居などを拝見して勉強していましたが、まさかタバコのほうを教わってしまうとは、と思いました」

時代劇出演のきっかけ

――時代劇への出演が多いです。なにかきっかけなどあるのでしょうか。

朝ドラでデビューしたことがきっかけで、すぐに大河ドラマ『春日局』で家光の世継ぎを生む側室お楽の方が決まりました。脚本の橋田壽賀子先生とお会いしたところ、お楽に瓜二つで、家光の初恋相手となる紫という遊女の役を作ることにしたから。と、二役演じることになりました。

それまで日本舞踊でも遊女の踊りはしたことがなかったので、急遽『高尾懺悔』という遊女の踊りを稽古してもらい、身体の使い方やお酌をしたときの目線の送り方などが、役作りに役立ちました。

まだ21歳くらいでしたので、『無名塾出身と聞いていたけれど、時代劇の所作ができるってどういうこと?』と関係者の方たちの目にとまり、そこから広まったんでしょうか。時代劇のお声がけをいただくようになりました

着物での失敗談

――着物での失敗談を教えてください。

「人生で1番恥ずかしかったことですね。

日本舞踊の名取試験は 15 歳のときでしたが、大人になってから師範試験がありまして。坂東流は長唄『藤娘』と清元『北州』を踊ります。

『北州』は物売りから花魁までさまざまな男女の役を演じ分ける舞踊です。足さばきをよくするため、裾よけの下に舞踊用のステテコをはきます。

それが踊っている最中にズレて落ちてきていると感じたんです。

女役は膝をつけているのでそこで止まって落ちないんですけど、男役で足をひらくと下にずれ、次に女役で足を閉じるとき、さらに落ちたところで止まる。必死に耐えましたが、役が代わるたび開いて閉じてをくり返すうちにどんどん落ちてくるんです。

そしてなんと踊っている最中に、着物の裾からステテコが!試験中にですよ。10人ほどのお師匠さんたちのまえでした。

音楽を止めるべきか小声で相談されていることに気づき、『止めないで!もう終わりますこのまま踊らせて!』と目で訴え、ステテコ落ちて試験も落ちた。と、絶望しながら踊りきりました。

終わって、みなさん大笑い。結果的に和やかな試験となり、無事に合格しました(笑)

積み重ねた知見を次世代へ

――若村さんの思われる日本の『美』とはどんなものでしょう。

日本の『美』は人の心と言いますか、自ずと手をあわせてしまう精神性から体現された形や現象が日本の美しさを作り出していると思うんです。

着物など工芸品をとってみても、ひとつひとつの手仕事の中に作り手の自然への畏怖や感謝を感じ取ることができる。そして、長きにわたって人々が伝えてきた技と心の結実を自分が受け取ったと感じる時に幸せを感じます。その歴史に思いを馳せる気持ち……とでも言いましょうか。

最近は年齢的にも、次世代になにを繋ぐことができるのか考えることがあります。

先人や先輩たちが伝え残してくれた技と心を感じとって、いまの時代に具現化することで共に感じ合うこと。私自身を「私たち」だと共感できることが、和の国、日本の「美」なのではないかと思います

――着物好きな読者へのメッセージをお願いします。

まず、着物を着てくださる方に感謝ですね。

この長きにわたる着物の歴史のなかで、令和のいま、その心を着て体現してくださってありがとうございます!という気持ちです。

その着物がどれだけご自身を豊かにしてくれるか。その気持ちよさや、楽しさを 1 人でも多くの人に伝えていただいて、着物を着たことのない方にチャレンジしていただけたら、と思います

着物はね、着て苦しい思いさえしなければ、着てみて絶対に嫌な思いはしないんです。

違う自分に出会える、変身した感じがするって、みんな必ず言うんです。その楽しさを1人でも多くのひとに知っていただくというのが大事ですので、いま着ている方は、ぜひ周りに新しい着物仲間をどんどん作っていただきたいなと思います。だけど着物を着ていく場所がないのよ、と言われないように、私もお芝居を始め、着物を着てでかけたくなるイベントを作っていきたいな、と。

今年できた若村麻由美メンバーシップ【Mgarden】は〈笑む、つなぐ、育む〉をテーマに、着物で観劇会やゆかた祭りを開催。今後も日本文化ワークショップで学びを楽しみたいと思っています。

現在、『若村麻由美公式Mgardenメンバーズ』会員登録受付中。

【今後の出演予定】
◎ドラマ
「緊急取調室」テレビ朝日系
10/16(木)21:00〜初回拡大スペシャル
10/23(木)21:00〜第2話
※TVerにて無料配信&1週間見逃し配信有り

◎舞台
飛び立つ前に
11/23〜12/21東京芸術劇場シアターイースト
12/26〜2026/2/1全国ツアー

『若村麻由美の劇世界』
2026/10/10熊野本宮大社(ユネスコ世界遺産)
この劇世界は古典作品から、曽根崎心中、平家物語、源氏物語、古事記などを能舞台を中心に公演するライフワーク。

取材・構成/渋谷チカ
撮影/五十川満

2023.02.25

インタビュー

先達の姿から“粋”を知る― 歌舞伎俳優 尾上右近さん(前編)

よみもの

「令和の芸舞妓図鑑」

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