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着物家 enso主宰 伊藤仁美さん

着物家 enso主宰 伊藤仁美さん

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京都祇園の禅寺に生まれ、現在東京で完全予約制・紹介制サロン「enso」を主宰する着物家・伊藤仁美さん。五感を大切に、現代生活によりそう多様性のある着物スタイルを提案する、その源流と未来への想いをお聞きします。

旬の食べ物を選ぶように、天候や体調から着るもの選ぶ。五感を大切にしている、建仁寺塔頭両足院生まれの着物家、伊藤仁美さん。着物が持つ豊かさを現代の女性に伝え続けています。

離れて気づいた和の美しさ、着物に出会って道が開けた

祖母の着物を自分らしく

京都にある建仁寺塔頭のひとつ、両足院。広々とした境内には、京都府指定名勝庭園の池泉廻遊式庭園があり、初夏に咲く半夏生の花が池辺を彩る。
そんな場所で生まれた着物家の伊藤仁美さんは、幼い頃から障子や畳、茶室に掛かったお軸など、和のものに囲まれて育ちました。「反動なのか、多感な時期は洋なものに憧れていました」。

職人さんが手間をかけて作ったものが好きだったという伊藤さん。
初めて働いた場所は、ヨーロッパのジュエリーを扱うアンティークショップ。
5年ほど、洋服に身を包んで働いたけれど、何故かしっくりこなかった。
「私じゃなくてもいいんじゃないかなとか、自分探しをしている時期がありましたね」。

ちょうどその頃、祖父の法要が実家で行われました。
多様な袈裟を着たお坊さんたちがお経をあげる空間には、木魚の音が鳴り響き、お香を焚いた匂いが漂う。
和の色合いや香り、そしてお坊さんの美しい所作に五感を刺激され、衝撃を受けたといいます。
美しいものに囲まれて育ったことを実感し、漠然と「こういった美しさを伝える仕事がしたい」と思い始めました。
そして、運命を変えるものに出会います。それは、タンスの中にあった祖母の着物でした。着物の色や模様に感動し、着付けを習い始めることに。
「着物に出会って、それまでは見えなかった価値に気づけました。着物もそうだけど、和のものには余白の美しさがある。それと同じように、私も側にあったものを引き算することで道が開けたんです」。

体型や肌に変化が現れる30〜40代、着物は新しい自分に出会わせてくれる

臨月の着物

自分が着物を着るだけではなく、多くの人に着物の美しさを広げたい。
ヒューマンアカデミー京都校のヘアメイク学科で着付け講師を担当した後、2015年に拠点を東京へ。荷造りの際、箱に収まる着物の姿に感銘を受けました。
「なんて効率的なんだろうと思い、改めて着物の魅力を見つめ直しました」。
ほとんどの洋服を捨て、これからは着物で日常生活を送ろうと決意。
妊娠中もマタニティウェアを買うことなく、着物で過ごしました。

特別な場面で着るものだと思われがちな着物。
けれど、伊藤さんは「日常着として見た時に、着物は女性のライフスタイルに対応していることがわかった」といいます。
木綿やウール、ポリエステルなど、着物の素材は様々。価格だって、日常着ならハードルは低くなる。「着物は文字通り、“着る物”。着物はハードルが高いと思うなら、浴衣から入るのもありだと思います」。

特に体型や肌に変化が現れる30〜40代。
昔は似合っていた服がしっくりこなかったり、色がくすんで見えたり。
そんな時、着物は新しい自分に出会わせてくれる。
「自分の美しさに思いがけず巡り会う瞬間がたくさんあるんです。美しい着姿を追求していくことは、自分の良さを知ることに繋がる。着物をオススメするだけではなく、新しい自分を発見するお手伝いをしたいと思っています」。

伊藤さん自身も着物に救われた時があったといいます。
辛い時でも、着物を着る時間は自分の状況を客観的に見ることができる。
今日は調子が悪いから身体に良いものを取ろう、風邪気味だからゆっくり休もう。
敏感な変化にいち早く気づくことが心と身体の健康にとって大切だと、伊藤さんは気づきました。「着物の奥にある豊かさをしっかり伝えていきたいと思います。着付けを教えた方はみんな姿勢も良くなるし、心が変わって前向きになる。私にとって、その変化を見ることが一番の幸せです」。

伝統を軸に、現代のライフスタイルに寄り添った着物の魅力を発信したい

suzusan×hitomiitoコラボストール結城紬に有松絞り

恵比寿でプライベートサロン「enso」を開いている伊藤さん。
自装の着付け講座やスタイリングのレッスンを行い、他装のためのプロコースも設けています。
大事にしているのは、伝統を軸にしながら、現代のライフスタイルに寄り添った形で着物の良さを伝えること。
例えばドイツ・デュッセルドルフにて立ち上げられたブランド「suzusan」とコラボした際には、洋服にも合う結城紬のストールを開発しました。
「軽くて暖かいし、衣紋も崩れないんです。結城紬の着物は値段的にもハードルが高いので、こういうところから良さに触れてほしいと思っています」。

2018年末には、「現代によりそう着物」をテーマに様々な情報を発信、提案するプロジェクト「enso Japan」も始動。
スポーツシューズメーカー「ニューバランス(New Balance)」とコラボし、「誉田屋源兵衛」の衣装協力のもとコラボレーションムービーを両足院で撮影。
楽曲には14世紀に考案されたピアノの原型となるクラヴィコードを使用。
音楽家の内田輝さんに楽曲を制作してもらい、雨や風の音、衣擦れの音を取り入れた。
「クラヴィコードは元々、教会でお祈りをする前に五感を開くように奏でられていたそうなんです。ネットで天気予報を見るのも大切だけど、朝の光や風の音から着物を選ぶと着心地が全然違う。着る過程で外の世界と自分の内側が自然と調和し、心と体が整います。そんな着物の魅力が伝わればと、楽曲を依頼しました」。

他には、webマガジン『mi-mollet』での連載やSNSで着物の魅力を発信。
「最近はYouTubeでの動画配信も始めました。アナログ人間なので、まだノウハウはよく分からないんですけど(笑)」。
特に活動の中心になっているのが、写真の投稿やライブ配信ができるインスタグラム。
定期的に行っているライブ配信では、フォロワーから募った質問に答えています。その中には、補正の仕方や着物を着ている時の授乳方法など、細かい質問も。
「子育てをする時に着崩れが気になるっていう方がよくいらっしゃるんですけど、着方もライフスタイルに応じて変えていけばいいと思っています。確かに礼を尽くす場面ではシワひとつない美しさが必要かもしれない。だけど、子供を抱きしめた後のシワほど美しいものはないと思うんですよね。完璧じゃない自分を受け入れて着物と向き合うと、もっと楽しみが広がります。私もシワだらけですよ(笑)」。

衣食住に祈りを込め、毎日を丁寧に生きる。それこそが誰かを大切にするということ

日常のきもので笑顔に

伊藤さんが開くサロンには、子供連れのお客さんもやってきます。ある時、3〜4歳の子供がサロンで出したお抹茶を飲んで「美味しい」と言ってくれた。
「原体験によって興味の幅が広がる。若い人たちにも、日本文化はこうだ!と教えるのではなく、まずは体験してほしいですね」。

そんな伊藤さんが今でも思い浮かべる映像がある。
クルクルと丸めた新聞紙を帯枕として代用し、かっこよく大島紬の着物を着こなす祖母の姿。
砂利道を歩けば、大島紬の美しい柄に夕日が差し込む。
「祖母のように、自分の息子にも“着物を着ていることが幸せなんだ”という姿勢を見せたいですね。それによって多様な生き方を受け入れられる心を教えたい。これからの時代、必要な力だと思うんです」。

だけど、新型コロナウイルスの影響で伝統産業も打撃を受けている。
起きたらまず換気をして、掃除。
身体に良いものを選び、旬の食べ物を取り入れる。
そんな風に、丁寧に日常生活を送ることの大切さを実感しているという伊藤さん。
同様に「どんな一日にしたいかを考えて着るものを選ぶことも大事」だといいます。

「着物は祈りや良い兆しを願う文様が多いんです。きっと過去にもたくさん未曾有の事態が起きて、その度に人々が大切な人の幸せを願ってきたからこそ、文様や文化が豊かになってきたと思うんですよね。
その日着るものに、家族や大切な人が健康に暮らせますようにと祈りを込める。丁寧に日々を送ることこそが、誰かを大切にすることなんじゃないかなと思います。私は今、家の庭に出ることがひとつの楽しみなんです。訪問着を着てお出かけ気分を味わったり、お気に入りの器でお茶をいただいたり、楽しめる方法はたくさんある。日々の暮らしに感謝しながら、先人たちのメッセージに耳を傾け、次の世代にしっかりバトンを渡したいと思っています。」

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