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「対話」を通して分断を超えたい― 映画作家 河瀨直美さん(前編)

「対話」を通して分断を超えたい― 映画作家 河瀨直美さん(前編)

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”カンヌの申し子”として名高い映画作家・河瀨直美さんに、奈良にある塔頭にてお会いすることが叶いました。夏に新作撮影を終え、絶賛編集中のお忙しいなか、間近に迫る大阪・関西万博でプロデュースされるシグネチャーパビリオンへの想いを語ってくださいました。 

「おばあちゃん」の形見の着物で

河瀨監督

「おばあちゃんの形見のこの着物は、おはしょりを足して、裏も直してもらって。昭和初期のものなのかな」

やわらかさと凛々しさが同居する佇まい。

この日、河瀨直美監督は、養母である「おばあちゃん」が遺した着物を身にまとって、東大寺塔頭宝珠院に姿を現しました。

河瀨監督の着姿/後ろ

実の両親を知らずに育った河瀨監督は、生まれてすぐに母親の叔母夫婦に預けられ、その後10歳から「うのばぁ」こと河瀨宇乃さんと夫・兼一さんの養子として過ごしました。

監督は、祖母と孫ほどの歳の差があった養母のことを「おばあちゃん」と呼んでいるのです。彼女との思い出はドキュメンタリー映画にもなっています。

合わせた帯は、

「ネットで購入した葛柄の袋帯です。新しく誂えるのもいいけど、誰かの元で役目を終えたものを引き受けるのもいいな、と。

葛は奈良が産地ですし、ご縁を感じて。今日、初めて締めてみました」

河瀨監督の帯まわり

そこに華を添えた艶やかな帯留め。

「これは、万博会場で私が担当するシグネチャーパビリオンのランドマークとなるイチョウの根っこからつくったもの。奈良の漆作家・阪本修さんに造形してもらって、沖縄の角萬漆器さんが琉球漆器独特の朱塗りを施してくれました」

※イチョウ……パビリオンに活用される京都府福知山市にある廃校の庭にそびえていた樹齢100年ほどのイチョウの木。2024年10月に夢洲へ移植された

出会うはずのないものを繋ぐこと

2024年夏、ひと月半かけて新作を撮り終えました。

灼熱の日々のなかでの撮影を振り返って、監督は「ちゃんと食べてたのに7キロ痩せたの!」と朗らかな笑顔を見せてくれました。

「愛についての物語です」と教えてくれた新作の公開は、2025年秋の予定です。

河瀨監督のトーク姿

映画監督でありながら、ユネスコ親善大使や2025年大阪・関西万博のシニアアドバイザー兼テーマ事業プロデューサーを務める河瀨さん。

多岐にわたる仕事内容について問うてみれば、

「映画をつくりたいというよりも、せっかく生まれてきて生きているなら何かを遺せる生き方がいい。わたしがこの世界から消えても、出逢ってもらえるものを創って遺したい」

と、力強い言葉が返ってきました。

「お米つくるのも映画つくるのも、皆でコラボするという意味では同じ。接点がない人やものを繋げるのが、作家の役割だと思います」

という河瀨組の映画づくりとは?

「航海図はあります。例えば、A地点からB地点まで行くのに、海から行く? 山から行く? 途中、誰の家に寄り道してもいい。Bという着地点に行けるならそれでいいよって。

それって、人生も同じ。道の分かれ目で右へ行くか、左へ行くか。それによって出会う人も変われば、見える風景も違う。

目的地に行くためにどのルートを選ぶかの選択権は自分にあって、世界を変えるのは自分次第だと思うんです」

河瀨組メソッドをパビリオンへ

役者に負荷をかける河瀨組ならではのメソッドは、2025年4月13日からスタートする大阪・関西万博で監督が手掛けるシグネチャーパビリオン「Dialogue Theater - いのちのあかし - 」でも採用されています。

「テーマは『対話』。シアター内に設置するスクリーンから登場する話者と観客の代表者が対話します。

自分の深いところを見つめ、答えが出ないテーマについて話し合ってもらうという試みです」

河瀨監督のトーク姿

8つのテーマ事業が設定されている「シグネチャープロジェクト」で、監督に与えられたテーマは「いのちを守る」。

「なぜ守る必要があるのか? 危険があるから守らなければいけない。

なぜ危険が生まれるのか? 理解してもらえない、違いが許されないといった分断があるからではないか。

それをなくすためには何が必要かと考えたとき、思い至ったのが『対話』でした」

映画づくりのメソッドを組み込み、見たことも聞いたこともない感情を読み解く。答えのない感情をただ感じて、受け止める――それは、話者ありきの仕掛けでもあります。

分断をなくすために必要な「対話」

「インスタライブで、ハイヒール・リンゴさんや井浦新くん、寺島しのぶちゃんと対話に挑戦しています。

リンゴさんとのトークテーマは、『365日で一番尊い日は?』。好きな日ではなく尊い日って、意外と難しい。また別のテーマで挑んだ新くんは途中で投げ出しちゃいましたが(笑)、独特の沈黙も何かを考えさせるいい要素になっているので、一度見てみてください。

なんとなく相槌を打ちながら続く『会話』とは違い、じっくりと向き合って互いを理解しようと言葉を選ぶ『対話』のなかで、私にとっていいこととあなたにとっていいことの間、ふたりの真ん中にある未来のことを考えるような流れが生み出せればいい。

一期一会の対話を通じて、異なる国や人種、文化、宗教、風習といった互いの違いとそこから生まれる分断を超えていけたら……そこにはきっと、映画のワンシーンを観るような感動や驚きがあるのでは

河瀨監督の着姿

「目の前で繰り広げられる『対話』から感じたことを抱えたまま、隣接する『森の集会所』へ行ってもらって、じっくりと考え込んでもいいし、一緒に来た人と分かち合ってもいい。その余白を大事にしたいんですよね。

感情を可視化する、記録ではなく物語を一緒に創り上げることができたら」

では、その「対話」の先にあるものは――?

「対話の不足が諍いを招いているのかもしれないと思うんです。そう考えると、究極は、分断をなくしたいし、引いては戦争をなくしたいんですよね、きっと」

河瀨監督の着姿

対話者、募集中!

現在、河瀨館では対話シアターに出演する対話者を募集中です。

オーディションに合格すれば、河瀨監督本人が直々にレクチャーするワークショップにも参加可能。これは、役者を目指す人だけでなく、どんな職業や立場の人にとってもかけがえのない刺激ある経験になることは間違いありません。

フィクションとノンフィクションにドキュメンタリーが入り混じった生々しい映像美が魅力の河瀨映画のメソッドや監督自身の経験を通して、自身を見つめ、己と向き合うことで、新たな自分を見つけられるはずです。

脚本はもちろん筋書きのない、まるでぶっつけ本番で突き進む人生のような「対話」から、人類の課題解決の一歩を踏み出してみませんか。

対話者募集中 | 河瀨直美「Dialogue Theater - いのちのあかし - 」

シグネチャーパビリオン

©Naomi Kawase / SUO, All Rights Reserved.

取材・構成/椿屋
撮影/松村シナ

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