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”遠回り”する所作の美しさ─ 書道家 根本知さん(後編)

”遠回り”する所作の美しさ─ 書道家 根本知さん(後編)

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NHK大河ドラマ『光る君へ』の題字、書道指導を担当された書道家・根本知さん。インタビュー前編では着物の好みや平安文化に魅せられたきっかけ、そして書道家とは?などうかがいました。後編では、大河ドラマの題字を担うこと、劇中での文字の書き分け、着物から得た学びなどについてお聞きします。

2024.12.12

インタビュー

書にも、衣裳のような装いがある── 書道家 根本知さん(前編)

大河の美術スタッフとして

──大河ドラマ『光る君へ』は、『源氏物語』を書いた紫式部が主人公。仮名文字も書も、ドラマの最重要モチーフでした。ドラマの核となる部分を任されていらっしゃいましたが、始めは平安時代の「時代考証」のお立場で参加されたと聞いています。

根本知さん

「はい。平安時代の時代考証ということで参加することになったのですが、僕の想いが強すぎて、望まれていること以上のことを言ってしまったんでしょうね。

自身がおばあちゃん子で、ずっと、祖母と一緒に大河ドラマを見て育ちましたから、表現されている時代と使われる文字のマッチングや、時代による筆の持ち方の違いなど、かなりマニアックなこだわりをお伝えしたんです。

その結果、ドラマの書きものをすべて任されることになりました。ですので僕は、どちらかというと美術スタッフとしての自負があります

ご褒美として題字を任せていただいたような感覚

──そして、題字まで。

過去、書道指導と題字を同じ人が担当することはなかったので、題字は僕ではないと思っていたのですが、スタッフのみなさまがお声がけしてくださってやらせてもらうことになりました。

アーティスト、作家として題字を書いたという意識はいまもまったくないです。ご褒美として題字を任せていただいたような感覚ですね」

800枚くらい書きました

──メインキャストの方々は、それぞれご本人が、仮名文字を筆で書かれていますね。

柄本佑さん演じる藤原道長の文字も当初は僕が書くはずだったのですが、監督から、僕が書いたものは上手すぎるからダメだと。「もっと下手に書いて」と言われましたが、下手に書けないんです。左手でも書いてみましたが、わざとらしさがでて気持ち悪い。

困ったな、と思って、道長役の柄本佑さんに練習して書いてもらい、監督にみせたら「これだ!」と。

やはり本人の書いたものに勝るものはないですよね。道長が藤原行成から指導を受けるまではすべて佑さんの字でいこうとなりました。その先も、もし練習していけそうだったらなるべく本人で、と。

出来上がりのものは僕が書くとなっていましたが、佑さんが練習をがんばってくださったので、手元を僕に差し替える機会はありませんでした」

筆を持つ

“まひろ”を想って作った文字

“書は人なり”

主演の吉高由里子さんが一番大変だったと思います。まひろが書いた文字が一番出てくるわけですから。

まひろが書く文字は、脚本家の大石静さんが描く“まひろ”を想いながら僕が作った文字なんです。『光る君へ』という題字も、道長を想うまひろの文字として書いています。

といっても、書いてみると自意識がでてきて作為的になってしまい、それとの闘いでしたね。書いて書いて……800枚くらい書きました

──劇中では文字ものが、たくさん出てきました。政治的な書物から、プライベートな書物まで。またキャラクターによっても書き分けなければならなかったと思います。書き分けはどのようにしていましたか。

用途を聞いて、誰が、どのような家族の方が書くのか、架空の設定の人物なのか、それを聞いて書き分けています。

藤原家ならば、新しい日本風の柔らかい書を推進している家柄だから柔らかに書く。源家ならば、もう少し漢籍的なものを大事にするから、力強く書く。まず、藤原か源かは聞きますね、それで字を変えます。

さらに“書は人なり”ですので、キャラクターを見極めて性格も表現するように心がけています。でも、すべて僕が作っているので、どうしても匂いは同じになってしまいますね」

できる限りご本人の文字で

──作りもののなかで、「これは!」という大作はありますか。

「そうですね、一生懸命作っているのに放映の際には目立たないものも多数あります。俳優さん方にピントがくるので、当たり前なのですが。そんななかのひとつだったもので、関白の背後に置かれる年中行事を表裏に書いた屏風でしょうか。

僕のこだわりで一生懸命作っているんですけれど、書き損じていても誰もわからないと思います。日本風の少し柔らかい漢字で書いていますね。当時はこんなに大きな紙は作れないので、つぎはぎして屏風にしています」

──若い方が『光る君へ』を見て、文字の美しさに惹かれ、書や仮名を学ぶ人がでてくるかもしれないですね。

「そうなってくれたらいいですね」

そうなってくれたらいいですね

着物から得る所作の美しさ

──ドラマの撮影中、衣裳である着物を着ると所作がきれいになる、というお話がありました。

「着物を着ると手が大きく動くようになるんですよね。墨で汚してもいけないですから、余計に気づかった雅やかな動きになるというか。

所作指導の先生も毎回いらっしゃいましたが、ほとんど先生も指摘なさらないほど、みなさん貴族的な所作が身についていました」

着物を着ると背筋が伸びる

──墨で着物を汚すようなこともなく?

一度もなかったです。筆の持ち方にしても、収録が始まったころはリハーサルからつきっきりでしたけれど、最終的にその必要もなくなりました。みなさんもう、パッと持って書かれていて。

それまでは筆が寝ているので立ててください、とか、手の置き場所、硯の扱い方、筆の拭い方はこうです、とか伝えていましたけれども」

──平安の着物でなくても、所作がきれいになるのは着物ならではですね。

着物には律する力がありますよね。僕たちってパソコンだ、スマートフォンだで猫背になるじゃないですか。でも、着物を着ると背筋が伸びる。

背中に力がはいるでしょう。書をやるにも書きやすい姿勢になるんですよ。洋服のときでも、同じように背筋を伸ばして書きますから。

とくに仮名は、上から見ないと行が曲がっていってしまうので、筆先なんか見ていないんです。上の関係性と横の繋がりの調和を見ながら書いているから俯瞰で見る。

お生徒さんに「私、老眼なんです」という方がいるんですが、むしろいいですよ、と。遠くから見てください、それが一番美しい仮名の書き方ですというのは、よく言っています」

遠くから見てください、それが一番美しい仮名の書き方です

書と着物の共通点

「着物を着ていると、近距離でものを取らないので、それが所作の美しさに繋がっているな、と思います。

お茶でもそうですよね。お道具を一回預ける、持ち替える、とか、遠回りするじゃないですか。

あれは着物から生まれているのではないかと思うくらい美しいですよね。洋服でお稽古しているのを見ると、“やってる感”が出てしまいますよね、芝居がかっているような。それが着物を着て本番のお茶会となるとすごく自然になるじゃないですか」

根本さんが感じる着物の魅力

──根本さんが感じる着物の魅力について教えてください。

根本さん筆『古今和歌集』における紀貫之の序文「やまとうたは人の心を種としてよろづの言の葉とぞなれりける」が表装されたもの

根本さん筆『古今和歌集』における紀貫之の序文「やまとうたは人の心を種としてよろづの言の葉とぞなれりける」が表装されたもの

「僕は自分が着るよりも、着ている方を見ているほうが好きなのかもしれません。それに着物は書の表装と共通するな、と思っているところがあります。

掛け軸にしても、僕は表具など自分でコーディネートするので、生地でも和更紗にインド更紗など好きでよく見ます。

展覧会とか博物館へ行けば、つねに表具の裂地を見てしまうんですが、その度に、これは着物だな、と思うんですよ

「逆に僕が着物をみるときは、一文字ね、とも思ってみています。袷が一文字です、裏地があるから。

一文字ですと、裂地があって中廻がきて、本紙こと書の部分が着ている本人、といった具合です。

学生には「仮名の軸とは、もう亡くなられた書き手に対してお衣裳を着せることです」と教えています。書に着物を誂えることが表具、表装です、と。着物と遠からずな世界なんですよ

※一文字とは、本紙の上下につける掛軸の中でもポイントになる部分で、他の部分より上質の裂(きれ)を使います。本紙と中廻(ちゅうまわし)を結ぶ大切な個所で、その体裁と質の良し悪しの影響は表具全体に及びます。

──袷の着物、帯、半襟……が表具のそれぞれのパーツと重なるわけですね。書と着物の意外な共通点です。

「だから僕は自分が着るよりも、着ている方を見ているほうが好きなのかもしれませんね」

──最後に着物ファンへのメッセージをお願いします。

お着物もたぶん“人なり”

着物を着ている方がいたら必ず、ありがとうございます、と思います。眼福ですから。表具を眺めるかのように見ているところもありますが(笑)。

とくに夏は暑いでしょう。夏の着物は着ている人ではなくて、見るほうが涼しいから着てくださっているんだと思っています

でもやはり、“書は人なり”と同じように、お着物もたぶん“人なり”なんだと思うんです。着物や帯の合わせ方でもその人自身が出るわけですから

取材・構成/渋谷チカ
撮影/五十川満

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