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“美”とは何かを問う、倉本聰の集大成『海の沈黙』 「きもの de シネマ」vol.56

“美”とは何かを問う、倉本聰の集大成『海の沈黙』 「きもの de シネマ」vol.56

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銀幕に登場する数々のキモノたちは、着こなしやコーディネートの良きお手本。せっかくなら、歌舞伎やコンサートみたいに映画だってキモノで愉しみませんか。今月のピックアップ作品は、巨匠・倉本聰氏が手掛け、本木雅弘さんが主演を務める『海の沈黙』です。

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2024.10.31

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構想60年!巨匠・倉本聰が描く至高の美

ごきげんよう、椿屋です。

今回は大物脚本家・倉本聰氏の新作『海の沈黙』をピックアップいたします。

長年第一線で活躍されている倉本氏が前作から実に36年ぶりに筆を執った本作のテーマは、彼が60年前から抱いてきた「美術品の贋作」についてです。

©2024 映画『海の沈黙』INUP CO.,LTD

©2024 映画『海の沈黙』INUP CO.,LTD

「美術品の価値というものは社会的権威によって保証される。だがその価値基準は元々極めて主観的なものである。だから世の中には贋作が絶えない。美とは何なのか。権威とは何なのか。これは、そうした矛盾に立ち向かったひとりの天才画家の悲劇である」

という彼の言葉が示すとおり、物語は某美術展に展示された作品が贋作だと判明するところから始まります。

60年にも及ぶ構想中に知り、調べた2つの出来事が本作には巧みに盛り込まれています。

ひとつは、1960(昭和35)年に起った「永仁の壺事件」。

鎌倉時代の古瀬戸の傑作として国の重要文化財に指定されていた瓶子が、実は1897(明治30)年生まれの陶芸家・加藤唐九郎の作品であるといわれ、重文指定が解除され、文部技官が引責辞任する事態となった事件です。

もうひとつは、洋画家・中川一政が起こした一件で、師事していた岡本一平の絵を塗り潰した上に自作を描いたというもの。

中川の作品をX線撮影し、下に岡本の作品があったと発覚しました。

これらの事件をはじめとする絵画の贋作や改作は、常に“美とは何か?”といった問いを突きつけ、“作者によって絵画の価値は変わるのか?”と考えさせます。

©2024 映画『海の沈黙』INUP CO.,LTD

©2024 映画『海の沈黙』INUP CO.,LTD

それらの本質的な問いに真正面から立ち向かう孤高の画家・津山竜次を演じるのは、本木雅弘さん。

本木さんが登場して声を発するまで、映画開始からなんと!およそ50分。

じらされまくった観客は、気づけば元天才画家のもがき苦しむ生き様をよりリアルに感じ、後半の物語展開に没入していきます。ギリギリまで抑えた演出はお見事というしかありません。

©2024 映画『海の沈黙』INUP CO.,LTD

©2024 映画『海の沈黙』INUP CO.,LTD

セリフはもちろん、ト書きのひとつまで徹底的に考え抜かれた倉本脚本には、その背後にも膨大なドラマ――登場人物たちの歴史、思想・哲学を支える物語(設定)が用意されており、本作でも脚本とは別に出演者たちには倉本氏直筆の「登場人物の履歴」が手渡されたそう。

例えば……

竜次のサポートをしている謎の男・スイケン(中井貴一)と彼が出逢ったのは、1991(平成3)年のイタリア・シチリアという設定。

©2024 映画『海の沈黙』INUP CO.,LTD

©2024 映画『海の沈黙』INUP CO.,LTD

画壇から追放された竜次はヨーロッパに渡り、美術館通いをしながら古今の名画を模写する日々を送っています。一方、スイケンは21歳でイタリアンシェフに弟子入りし、27歳で渡伊。その2年後に竜次と知り合ったという歴史があるのです。

が、このエピソードは映画の中では詳しく語られることはありません。しかし、ふたりが共に過ごしてきた時間が画には立ち昇ってきます。

竜次のために料理をするスイケンの手際の良さも納得の背景が言葉にせずとも伝わってくるのは、倉本脚本の強みのひとつ。スクリーンに映っているもののバックにある物語をも感じられる作品に仕上がっています。

©2024 映画『海の沈黙』INUP CO.,LTD

©2024 映画『海の沈黙』INUP CO.,LTD

品と仇、両極を担うふたりの女優の着姿

本作で印象的な着姿を見せてくれるのは、竜次の元恋人を演じる小泉今日子さんと、通称「人間刺青図鑑」として知る人ぞ知る女・牡丹役の清水美砂さん

©2024 映画『海の沈黙』INUP CO.,LTD

©2024 映画『海の沈黙』INUP CO.,LTD

冒頭、文部科学大臣を迎える美術展のオープニングセレモニーで、小泉さんはハレの日に相応しい華やかな、それでいて世界的な画家である夫・田村修三(石坂浩二)を立てる妻らしい上品な装いで登場します。

甕覗き色の爽やかな着物が、展示作品を邪魔せず、その場に寄り添ったコーディネートは隙がありません。

©2024 映画『海の沈黙』INUP CO.,LTD

©2024 映画『海の沈黙』INUP CO.,LTD

かと思えば、ロングコート姿は恰好良く、襟の大きなオフホワイトのコートをベルト代わりのスカーフを背中で結んでお洒落に着こなし、アトリエにいるときのシンプルなシャツは透明感をも醸し出す……。いやはや、さすがです。

対して、小樽にある小料理屋「風花」の女主人に扮する清水さんは、牡丹という名に合わせて大輪の白牡丹が咲く鮮やかな青の帯をたれ長めの銀座結びにして、艶っぽさを表現。これぞ、小股の切れ上がった和服美人そのものといったお姿です。

©2024 映画『海の沈黙』INUP CO.,LTD

©2024 映画『海の沈黙』INUP CO.,LTD

仕事柄、着物を日常的に身につけているのがよく分かる自然な佇まい。そこから染み出るような色気を感じさせるざっくりと慣れた様子の着付けが、彼女の人柄さえも表しています。

縞の着物の袖口からは白いブラウスが見え隠れしているのですが、それは全身に入れた刺青を隠すもの。とくに背中をキャンバスとして大胆に施された「獅子と牡丹」は必見です。

衣裳に加えてロケーションも素晴らしい本作。

©2024 映画『海の沈黙』INUP CO.,LTD

©2024 映画『海の沈黙』INUP CO.,LTD

メインの舞台となる小樽の風景が魅力的なのはもちろんのこと、京都住みとしては京都での記者会見の様子を興味深く拝見いたしました。

とてもナチュラルな京ことばで質問する記者さんを見習って、わたくしも今後は京都らしいイントネーションで質疑応答しようかしら、と思った次第でございます。

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