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未来への願いを託した花鋏。 未生流笹岡家元 笹岡隆甫さんの愛用品

未来への願いを託した花鋏。 未生流笹岡家元 笹岡隆甫さんの愛用品

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自身の生い立ち、いけばなとの向き合い方、家元としての覚悟……さまざまな想いを教えてくださった未生流笹岡家元・笹岡隆甫さん。彼の愛用品は、華道家にとってなくてはならない道具の筆頭を担う「花鋏」です。

2024.10.10

インタビュー

華道家にとっても着物は仕事着。 未生流笹岡家元 笹岡隆甫さん(前編)

2024.10.10

インタビュー

いけばなが映し出す生き様。 未生流笹岡家元 笹岡隆甫さん(後編)

創流100周年を記念して拵えた花鋏

花鋏が入った木箱

花鋏が入った木箱

創流100周年を迎えた2019(令和元)年に特注した記念の花鋏は、家元好みのものと同形の金の鋏を100丁特注したといいます。

手掛けたのは、兵庫県の職人さん。ご高齢のため、これを最後の仕事として引き受けて下さいました。

「最後にこれだけ造って!と無理をきいてもらいました。きちんと叩いて作って下さる職人さんは本当に少なくなり、新たな注文を受けてくださるのは全国でも一軒あるかないか。とても残念です」

と、隆甫さんは淋しそうな表情に。

縁側から庭を眺める隆甫さん

すくすくと伸び放題な庭の草木たち。苦笑いしながら、「もうそろそろすっきりする頃合いです」と隆甫さん

ちなみに、鋏を撮影した廊下に使われている松の一枚板は、いまではかなり貴重なもの。現在では製造が不可能だといわれている揺らぎを特徴とする大正硝子も、家元邸では大事に受け継がれています。

「窓ガラスは一度は割りますよね。あ、でも私だけじゃないですから!(苦笑)」

と、隆甫さん。ドタバタ走り回った廊下も、かくれんぼをして遊んだ庭も、木登りに最適な金木犀も。家元邸にあるすべてのものが、彼の成長を見守ってきたのです。

息子を想い、自身の幼き頃を振り返る

100周年にちなんで100挺オーダーされたうちの最初のひとつは、次期家元である長男へ。100年の歴史を守り継ぎ、次代へ託すための大切な品の「一番は息子へ」という想いからでした。

彼もまた、隆甫さんと同様に3歳からいけばなを始め、「いまのところは楽しそうにお稽古しています」とのこと。家元の自宅玄関には、いつも子どもたちがお稽古でいけた作品が飾られているといいます。

花鋏を持った手元

特注品の花鋏は実際に使うことができる仕様に。ただのオブジェではなく実用性を求めたのも華道家としての姿勢から

幼少期から将来が決まっている人生とはどういうものなのかしら、とその胸の内を尋ねてみれば……

「花をいけるのは好きでした。先生である祖父に反発することもなく、妹や弟に幼馴染も交えて、花を遊び道具のようにして育ちました。両親には反抗しがちでも、祖父母の言うことは素直に聞けるってこと、ありませんか?(笑)」

家元の孫として長男贔屓で育てられた隆甫さんにとって、いずれ自らが家元を継ぐことは至極当たり前のことだったと、幼少期を振り返ります。

「3歳で母方の祖父(勲甫氏)の養子となって、弟妹とは違う苗字になったことも大きかったと思います。次期家元の自覚はおのずと芽生えてきました。

 とはいえ、住んでいるのは家族と一緒の家だったので、学校帰りにここ(家元邸)へ寄って、みんな一緒に晩ごはんを食べてから自宅へ帰る。そんな毎日でした」

普請道楽だった祖父の愛した家元邸

取材日、撮影クルーが最初に通されたのは、敷地内に立つお茶室でした。

茶室にて

『桃花亭』と名付けられたその建物は、元々あった茶室の床を落とし、立礼の空間に設え直したもの。現在は応接間として使用されています。

茶室「桃花亭」

「桃花亭」の名は、代々受け継がれてきた家元の花号「桃流斎」から

30年前に大がかりなリノベーションを行なった祖父のことを、隆甫さんは「普請道楽だった」と評します。

「元々あったところから門をセットバックさせ、生け垣を潰し、現在の事務所と駐車スペースを造ったんです。それに伴って花器庫も庭の奥へ移築しました」

茶室「桃花亭」

約300もの花器が収められている蔵『花蔭亭』

隆甫さんが大学での専攻に建築を選んだのは、そんな祖父からの影響があったのかもしれません。

家元にとって、「花」は師匠

床の間

床の間には、「未生」と伸びやかで清々しい手で記された軸。

添えられていたのは、一重切にいけられた一輪のクルクマと茶の木でした。

花鋏が大切な道具である以上に、華道家にとって必要不可欠なものは花そのものです。

「花は友だちであり、美しいものを生み出す道具であり、自然との向き合い方を教えてくれるもの。ひとことで言えば、やっぱり花は一生の師ですね」

隆甫さんタテ

隆甫さんが祖父母世代から学んだことのひとつに、「俯いたらあかん」という教えがあるといいます。

「お稽古でもよく『花の顔を上に』と指導するのですが、下を向いている花を反転させるだけでキラキラと輝いて見えるんです。

太陽に向かって成長する花の姿に、逆境でこそ上を向いて歩くべきだと教えられますし、顔を上げれば元気に見える花の美しさに、俯いてたらダメだと自分に言い聞かせることもあります」

花を愛でるのはスマホだっていい

花瓶が家になくても、グラスや鉢はあるでしょう。「食器だって立派な花器になります」と、隆甫さん。

隆甫さんヨコ

くらしに花を取り入れるなら、まずは一種類の一輪挿しから。合言葉は、「コップに花を!」です。

季節の花をその日の気分で買い求めたり、散歩がてら野の草花を手折ったり。ともに生活する人たちの顔を思い浮かべながら、ときには自分のために、花を選ぶのも心躍るひととき。

コロナ禍中、子どもたちと一緒に近くの山に登った毎日を、隆甫さんは「普段見過ごしがちな自然にふれる時間だった」と振り返ります。

大切なのは、花を通して自然を身近に感じること。

「家で花をいけるのが難しいのであれば、スマホで花の写真を撮るだけでもいいんです。きれいだな、かわいいなって思うと、写真に残したくなりますよね。それだって、十分に自然を身近に感じているってことですから」

現在連載中の「未生流笹岡家元に学ぶ、華やぎあるくらし」には、自然を身近に感じるヒントがちりばめられています。きものと読者のみなさまも、ぜひ日々のくらしに華やぎを取り入れてみてください。

2024.09.17

まなぶ

月愛でる傍にはススキを 「未生流笹岡家元に学ぶ、華やぎあるくらし」vol.1

取材・構成/椿屋
撮影/松村シナ

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