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薄衣を纏った強い意志、空蝉 「源氏物語の女君がきものを着たなら」vol.8

薄衣を纏った強い意志、空蝉 「源氏物語の女君がきものを着たなら」vol.8

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光源氏を拒んだ数少ない女君の一人として有名な空蝉。その名の通り蝉が殻を脱いで飛び立つように、忍んできた光源氏から薄衣一枚を残して逃げてしまったのです。

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きものとをご覧のみなさん、こんにちは。tomekkoです。

暑い日がまだまだ続きますね。猛暑が続くとどうしても締め付ける・着込むイメージのある着物は避けられがちですが、浴衣や麻の単衣は吸汗性が高く腕や足の日焼け対策にもなり、結構おすすめなんですよ。

2023.07.24

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また洋服のように形を変えられない代わりに、着物は生地の織り方で透け感を出して見た目に涼しい着こなしを楽しむこともできます。

そんな「真夏の透ける衣」が主役の源氏物語エピソードといえば……?

源氏物語の女君がきものを着たなら1

障子をひきたてて「暁に御迎へにものせよ」とのたまへば、女は、この人の思ふラムことさへ死ぬばかりわりなきに、流るるまで汗になりて、いと悩ましげなる。
『全訳源氏物語 上巻』角川文庫

障子を引き閉てて「明朝お迎えに参られよ」とおっしゃるので、女(空蝉)はこの女房がどう思うであろうと、死ぬほど耐えられない思いで流れ出る汗でびっしょりになってとても悩ましい様子である。

そう、空蝉ですね。

光源氏を拒んだ数少ない女君の一人として有名な空蝉。その名の通り、蝉が殻を脱いで飛び立つように、忍んできた光源氏から薄衣一枚を残して逃げてしまったのです。

源氏物語における光源氏の恋愛譚は、どれも一見ロマンティックなように見えて現代の感覚からすると女性にとっては残酷なものが多いのですが、空蝉への扱いというのは、そのなかでもとりわけ酷いものだと個人的には思います。

源氏物語の女君がきものを着たなら2

濃き綾の単衣襲なめり。何かあらむ表に着て頭つき細やかに小さき人の、ものげなき姿ぞしたる。(中略)目すこし腫れたる心地して、鼻なども鮮やかなるところなうねびれて、にほはしきところも見えず。
『全訳源氏物語 上巻』角川文庫

濃い紫の綾の単衣襲ねに何かを上着をかけて、頭の恰好は小さく小柄な人で、見栄えのしない姿である。(中略)目がやや腫れぼったい感じがして、鼻筋などもスッキリ通っているわけでもなく華やかなところも見えない。

空蝉は、伊予介いよのすけという光源氏からしたら取るに足らない身分の低い田舎者の後妻です。元は中納言の娘で宮仕えを望んだこともあったものの、父を亡くし受領の後妻におさまった、いわば生活のために身を売ったような立場。

曲がりなりにも貴族として生まれた女性にとっては、元の身分よりも零落する、屈辱的な生き方でした。だから考え方もどこか後ろ向きで自分の立ち位置を自虐的に見ているような。

特別容姿に優れているわけでもなく、自分とそう歳の変わらない継子たちに囲まれて地味に目立たないように暮らしている人なのです。

そんな彼女を、方違え(占いの方角避け)で伊予介の屋敷を借りた光源氏がたまたま見かけて気まぐれに口説き無理やり自分のものにしてしまいます。

特別高貴でどんなことも許されてしまう彼のこの行動は、ただでさえ自分を卑下して生きている空蝉にとってとてつもない侮辱でした。

まるで、道端で見かけて都合の良い時だけ可愛がり、飽きたら見向きもしなくなる野良猫のような……

それをまた本人(光源氏)は悪びれることもなく、「何が不満なのかわからない」というんだからたちが悪い。

ともかくも思ひ分かれず、やをら起き出でて生絹なる単衣を一つ着て、すべり出でにけり。
『全訳源氏物語 上巻』角川文庫

なんとも分別もつかず、そっと起き出して生絹の単衣を一枚着てそっと寝所を抜け出た。

【小田美知代】 特選本加賀友禅絽訪問着 「花散る風」

光源氏の2度目の来訪時に衣を脱ぎ去って逃げたというイメージがありますが、原文では逆に、布団がわりにしていた衣から生絹の単衣だけを羽織って逃げています。

空蝉の本来の生まれからくるプライドと、透け感があっても下品に見えない色選び。だからきものもただ透けるだけ、涼しげなだけではないものにこだわって選びました。

蒸し暑い夏の夜の空気をスッと変えてくれそうな夏虫色に、静かに風に散らされる花をシンプルに描いた加賀友禅の絽訪問着です。羽化したての蝉の色も彷彿とさせますね。

空蝉に逃げられてしまった光源氏は一緒に寝ていた空蝉の継子、軒端荻の布団に間違って入ってしまい仕方なく契ります(それもそれでどうかと……)。

翌朝、せめてもの空蝉の思い出として持ち帰ったのが、逃げる時に置いていった単衣の小袿だったのです。

それ以降空蝉に会う機会はなく、最初から最後まで光源氏ったら本当にクズ!女をなんだと思っているのかしら!というエピソードではあるのですが、この光源氏という人の唯一褒められた(?)ところは一度でも関係を持った女君は最後まで世話をするところ。

空蝉の尼君に、青鈍の織物、いと心ばせあるを見つけたまひて、御料にある梔子の御衣、聴し色なる添へたまひて。
『全訳源氏物語 上巻』角川文庫

空蝉の尼君には、青鈍色の織物、たいそう気の利いたのを見つけなさって、御料にある梔子色の衣で聴し色なのをお添えになって。

【東郷織物】 正藍染手織り綿薩摩絣 蚊絣「唐花」
【現代の名工 秋山眞和】 特選手織り花織紬八寸名古屋帯 「旻天花織」

時が経ち……夫であった伊予介を亡くした未亡人空蝉は、出家していました。

有名な正月の衣配り(『玉鬘』)では、空蝉には、尼君ということで青鈍色の織物を薄黄色の衣に添えて贈る様子が描かれています。

時期は冬ですが、もし夏のきものだとしたら。

年齢も重ねて落ち着いた空蝉がほっそりとした肩で上質な織物をしっかりと受け止めている雰囲気を想像して、正藍染で深い紺色の薩摩絣、なかでも緻密な蚊絣に気品ある唐花文様が入れられている綿着物をセレクトしました。

帯も花織の紬帯で、良いものを品よく普段使いしながら、欲張らず静かに余生を送っている大人の女性です。

空蝉とは、光源氏17歳の若造時代に、会ったのも関係を持ったのも結局一度きり。

その後は文のやりとりや彼女の弟・小君との交流ばかりだったのに、数十年後、身寄りを亡くした後の生活の面倒を見ていたことには正直驚きました。

別にあの時の乱暴を悔いて償っているわけではなく、この時代の貴族男性の中でも特別な権力を持ったトップオブトップだったからこそできたことなのでしょう。

夕顔のように、身分が低くても貴公子を虜にして自らの糧にする女君もいれば、決して満足とは言えないが自分の境遇を受け入れ今ある生活を良くも悪くも変えない意志を固く持ち流されない女君も。

みんながみんな光源氏の甘い言葉に喜ぶと思うなよ!と釘を刺す数少ない女君、空蝉の薄衣でも強い意志コーデ、残暑にいかがでしょうか?

ITEM

記事に登場するアイテム

【小田美知代】 特選本加賀友禅絽訪問着 「花散る風」

【東郷織物】 正藍染手織り綿薩摩絣 蚊絣「唐花」

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