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闇に咲く花 〜小説の中の着物〜 泉ゆたか『髪結百花』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第三十九夜

闇に咲く花 〜小説の中の着物〜 泉ゆたか『髪結百花』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第三十九夜

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小説を読んでいて、自然と脳裏にその映像が浮かぶような描写に触れると、登場人物がよりリアルな肉付きを持って存在し、生き生きと動き出す。今宵の一冊は、泉ゆたか著『髪結百花』。“髪を結う”という行為には、儀式めいたところがある。自らを奮い立たせる。スイッチを入れる。大切な何かに臨むための“戦闘態勢”を整える。一寸の隙も気の緩みもなく、迸るような気迫を纏ってその身を任せる花魁紀ノ川と、全身全霊を込めて立ち向かう髪結い職人の梅。“苦界”吉原の光も影も、目を逸らすことなく真っ直ぐ見つめ、結び、受け止めて生きる。それぞれの覚悟を胸に。

2024.06.29

まなぶ

夏の夜の幻想に酔う 〜小説の中の着物〜 皆川博子『ゆめこ縮緬』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第三十八夜

今宵の一冊
『髪結百花』

泉ゆたか『髪結百花』角川書店

泉ゆたか『髪結百花』角川書店

 暦の上で八月になったばかりの猛烈な暑さは、日が暮れても和らぐ気配はまるでない。
 仲の町大通りは、道端で即興芝居を演じる幇間たいこもちとそれに集まった人だかりで、一歩前へ進むのも苦しいほどの大混雑だった。
 羅生門河岸らしょうもんがしのあたりから、祭りの太鼓と笛と鐘の音が聞こえてくる。“にわか”は、大門から見て一番奥まったところにある、京町ニ丁目角の九郎助稲荷くろすけいなりの祭りだ。

〜中略〜

 金屏風の向こうから、重そうな衣擦れの音が聞こえた。
「お待ちしておりんした」
 一呼吸を置いて、乱れた髪の紀ノ川が暗い色の着物に身を包んで現れた。
 夜の暗闇の中、朧げな行燈の光の下で紀ノ川の姿を見るのは初めてだ。
 夜の紀ノ川は、全身に気を張り巡らせていた。紀ノ川の眼差しには一寸の隙も気の緩みもない。昼間の寝ぼけ眼が幻のように、研ぎ澄まされた表情だった。

〜中略〜

 紀ノ川は影を身に纏って生まれてきた女だ。
「きれいな着物ですね。まさかその色を選ばれるとは思いませんでした」
 梅の言葉に、紀ノ川は首から下に眼を向けた。
 着物の色は艶を抑えた深い紺色だ。金銀のように輝かない代わりに、真珠のような淡い光を放つ。どこまでも暗いのに、行燈の下でさえ黒色と見間違うことがない。内側に艶を湛えた濃紺だ。
 合わせた前結びの金刺繍の帯はかさが少なく、身体に沿うように小さくまとめられている。
 紀ノ川は自負に満ちた表情で、両手を広げて己の着物を梅に示した。
 今日この日に、敢えて地味すぎる着物を選ぶのは諸刃もろはつるぎだ。紀ノ川がそれをわかっていないはずがない。

泉ゆたか『髪結百花』角川書店

今宵の一冊は、泉ゆたか著『髪結百花』。

主人公は、見染められて“玉の輿”と言われるような裕福な商家に嫁ぎながら、遊女に夫を奪われ離縁となった梅。

嫁ぐ前は素人(町娘など一般女性)の髪は手掛けていても、玄人(遊女)の髪には触れたことがなかった梅ですが、離縁されて生家に戻り、吉原で、腕も気働きも優れた髪結い職人として信頼され、多くの上級遊女の髪を任されている母アサの元で、やり切れない想いを抱えながらも、吉原の中でも名高い大見世「大文字屋」の最高位の遊女である紀ノ川をはじめとする遊女たちとの関わりを深めていきます。

禿島田かむろしまだ、しゃぐま、伊達兵庫だてひょうご灯籠鬢ことうろうびん、春信風島田に銀杏返し、丸髷、文金高島田……

聞いたことがあるものもないものも、次々に繰り出される専門用語に、耳慣れない方はちょっとびっくりしてしまうかもしれないけれど、人として、ひとりのプロフェッショナル―髪結い職人―として、それぞれに向き合い、完璧とはいかないかもしれないけれど真摯に立ち向かおうとするお梅の姿を追っていけば自ずとそのかたちが見えてきます。

あとがきにも謝辞として述べられているように、現代の結髪師の方にも綿密な取材をされたのであろう描写はかなり詳細。

本職の方の見事な手技を、一度でも間近で見たことがある方ならなんとなく想像が付くと思いますし、幸いなことに現代にはスマホやPC、そして“ネット検索”という文明の利器(笑)がありますので、それらも駆使しながら(いろいろな説もあり玉石混交でもありますけれど、実際に日本髪を結った画像や動画などもたくさんアップされていますよね。出版されている資料本などより、よほど詳しいサイトもあったりしますし)本書を読んでいただくと、よりリアルな情景が浮かぶのではないでしょうか。

びん(顔の両サイドに張り出す部分)、たぼ(関西ではつと・・。うなじの上に張り出した部分)、まげ(頭頂部にまとめた部分)と、それぞれの大きさや角度に、時代による流行り廃りがあり、その組み合わせによって数百ものパターンが存在すると言われる日本髪。

特に本作の舞台でもある江戸時代中期は、その変化や発達が顕著。目まぐるしく変化する流行の最先端とされた女性の姿が浮世絵に描かれました。

作中にも“春信風”とその名称が登場するように、鈴木春信の浮世絵に描かれたのは、その尻尾に似ていることから鴎髱かもめたぼ(関西ではかもめづと)や鶺鴒髱せきれいたぼ(関西ではせきれいづと)と呼ばれた、うなじの後ろのたぼが跳ね上がった特徴的な形。

まなぶ

浮世絵きほんのき!

この、長いのがおしゃれ!とばかりにどんどん長くなり、その挙句、衿に汚れが付かないように中に芯を入れて跳ね上げるようになったという進化も面白いのですが、その流行さえも廃れるのはあっという間。

10年ほど後に同じ春信が描いたお仙は、うなじをすっきりと結い上げ、跳ねるように飛び出していたたぼは影も形もなくなっていたりします(現代のファッション誌並みのサイクルの速さ。私たちが、大正ロマン風だとか、バブルの頃この髪流行ったよねーなんて話しているように、この形はひと昔前の享保の頃流行ったとか、明和の最旬の結い方はこう!とか言ってたのかと思うと……笑)。

現代でもファッションやヘアスタイルの流行が20〜30年周期でぐるぐる回っているように、この頃の髪型もやはり繰り返されているから面白い。

行き着くところまで行ったら、すとんと正反対のスタイルに移ろうのは、いつの時代も変わらないファッションにおける流行あるあるのような気がしますが、びんたぼ)、まげの、どこかが出っ張ればどこかが引っ込むみたいな、ひたすら盛っているようでありながらちゃんとバランスを取っているその感覚も、なんとなく日本らしい美意識だなと。

そしてちょうど同じ頃、ヨーロッパ社交界においてフランス宮廷のマリー・アントワネットをはじめとする淑女たちの頭上で、独創性溢れる奇想天外と言っても良いほどのファンタジア(有名なところでは帆船の模型が乗っかってたりとか……)が展開されていたのは、これもまた面白い現象だなと思います(この時代、男性の頭部もわりとボリューミーではありましたが)。

神代の昔から長い髪には呪力が宿るとされ、良きにつけ悪しきにつけ何らかの意味を持たせられることも多かったけれど、その髪を用いて構築される造形には、洋の東西を問わず創造欲を掻き立てる何かがあるのでしょう。

現代では、かつてほど「髪は女の命」などと執着する意識は強くないとは思いますが、“髪を結う(ヘアスタイルを整える)”という行為には、今でも少しだけ……儀式めいたところがあるような気はします。

自らを奮い立たせる。
スイッチを入れる。

(髪だけでなく化粧なども含めて)自分自身の“戦闘態勢”を整える。

本作中の梅と紀ノ川の間にもあった、まるで白刃を交えるような真剣勝負。

そして同時に――“結ぶ”行為でもある。

縁を。思いを。
覚悟を持って。

“苦界”と呼ばれる吉原で遊女たちと直に触れ合いながら日々を過ごすことで、最も向き合わなくてはならないのは、実は他者ではなく治らぬ傷のように疼き続ける女としての痛みを抱える自分。そして、髪結い職人として圧倒的に力量不足の己自身。

できることならば目を逸らしていたい。そんな痛みを突きつけられ、否応なく直視せざるを得ない梅の姿は、自らに照らし合わせても刺さるものがありました。

今宵の一冊より
〜夜を映す着物〜

8月から9月にかけて、吉原において開催された「吉原三景容(吉原の三大行事)」のひとつ“にわか”。ちなみにあとの2つは、3月の“仲の町の桜”と、7月の“玉菊灯籠”。

火消しや鳶、歌舞伎役者などの男装をした芸者衆をはじめ、さまざまに趣向を凝らした扮装をした幇間たいこもちたちが吉原のメインストリートである仲の町通りを舞台に即興芝居などを繰り広げたと言われます。現代風に言うなら、盛大な仮装パレードといったところ。

この祭りの主役とも言える紀ノ川が、賑やかに集った目の肥えた客たちを白けさせるような姿で座敷に登場するなど、最高位の花魁としての名折れでありその誇りが許さない。

こだわり抜いた装いで、その艶やかに美しい姿を“飛ぶ鳥落とす勢いの当代一の売れっ子画家”、客のひとりでもある酒井抱一(江戸琳派の祖とされ、浮世絵のみならず蒔絵など装飾品や工芸作品のデザインなども手掛けた多彩な芸術家であった実在の人物)に描いてもらい世間に披露目てもらわねばならないのだから。

そしてその任の重さは、病に倒れたアサに代わって紀ノ川の髪結いを任された梅にしても同じこと。梅は“俄”の本番までに必ずと託された紀ノ川からの難題に、無事応えることができたのでしょうか…?

 紀ノ川は美しかった。濃紺の着物は、紀ノ川の豪奢極まりない髪と見事に調和していた。紀ノ川の灯籠鬢とうろうびんは提灯の光を透かし、背負ったしゃぐまと同じような金色の光を放つ。こめかみのおくれ毛が、紀ノ川の艶やかな頬に揺れる影を落とす。
紀ノ川は目を伏せて、寂しげな笑みを浮かべている。しかしその唇には生きる自負が宿っている。紀ノ川の若い身体が、美しく装うことが嬉しくてたまらないと躍動している。

泉ゆたか『髪結百花』角川書店

深みのある濃藍と鮮やかな青藍の縦ぼかしに、抱一の制作した蒔絵作品などにも通じる雰囲気を持つ蔦の柄が、際立つ白のみで染められた紋紗の小紋。

縦に流れる柄が着姿を映えさせ、すっきりと潔いけれど、決して地味ではなく研ぎ澄まされた華がある。そんな印象が、どこか紀ノ川を思わせるような。

大店の座敷持ちの高級遊女であった紀ノ川が、もしかしたら自室から見たかもしれない…そんな窓の外の景色が描かれた扇子を胸元に。

盛夏の着こなしには、涼を湛えた小物を添えて。

小物:スタイリスト私物

揺らぎのある縞状に織られた紗に、雲や霞のようにも波のようにも思える朧な染めがあしらわれた帯は、小物遣いでさまざまな表情を見せてくれそうです。

さりげなく露芝が刺繍された半衿、帯留には江戸時代の硝子玉。

盛夏の着こなしには、涼を湛えた小物を添えて。

初秋の気配を添えたくなったら、小物を変えた着こなしを。

小物:スタイリスト私物

かつてはお盆を過ぎたら〜などと言われていましたが、現代ではお盆を過ぎてもまだまだ夏真っ盛りなので、まったく基準にならなくなってしまいましたね……

せめて気分だけでも初秋の気配を添えたくなったら、小物を変えた着こなしを。

元は小紋だったと思われる、竪絽に薄と蜻蛉が染められたアンティークの端裂を半衿に。

扇子には桔梗に満月。先程と同じ月の意匠ですが、少しだけ季節を進めて。“中秋の名月”(陰暦8月の十五夜/今年は9月17日)といったところでしょうか。

目に映るニュアンスが変わる、麻の葉の地紋。

光の当たり具合や下に着る襦袢の色によって目に映るニュアンスが変わる、麻の葉の地紋。

盛夏には白、初秋には色のある襦袢を合わせると、さまざまな表情を楽しめそうです。

今宵の一冊より
〜雪を纏う〜

 「――わっちは、ただ優しいねえさんとお話しして、可愛い猫を撫で、故郷ふるさとのちっちゃな妹のことを想っていれば、それだけで幸せでありんした」
 紀ノ川の口元が失った昔を思い出すように、悲しげに緩んだ。

泉ゆたか『髪結百花』角川書店

“苦界”と呼ばれる吉原の光と闇を体現するように生きた紀ノ川が、可愛がっていた真っ白な仔猫の名前は、故郷に残してきた妹の名を取って“お雪”。そして、彼女が文字通り命を懸けてこの世に送り出した忘れがたみは“雪太郎”。

本作の舞台が吉原である以上、どうしたってただ明るく楽しい物語とはなり得ないのだけれど、紀ノ川もお梅も、精一杯必死に生きたし、これからも生きていくのだろうと思える。

この物語の中で、救いとも言える存在である“お雪”と“雪太郎”に思いを寄せて。

ほんのりとピンクみを帯びた梅鼠色の地に、錆青磁や葡萄鼠の大きな雪輪ぼかしが染められた紋紗御召の訪問着。

全体的にスモーキーなトーンでまとめられ、どちらかといえば暖色系ではありながらシャーベットのような涼やかさが感じられます。

実際にはそこまで透け感が強くなく、下拵えに少々神経を使う紗などより気軽に着られそうな素材感が魅力的。地に浮き上がる籠目文様の効果で、見た目からはよりいっそう涼しげに感じられるため、盛夏から単衣の期間、フル活用できそうです

扇子に描かれたのは、その強靭な蔓にちなみ、決して切れない絆や縁を意味する“鉄線”。思いがけなく繋がった縁が、より強固で、末永きものでありますように。

帯揚げには銀の霰、半衿には結晶の刺繍。

小物:スタイリスト私物

帯揚げには銀の霰、半衿には結晶の刺繍。

緩やかな流線が織り出されたすくい織の袋帯には、母である“紀ノ川”の祈りを重ねて。

密やかながらさりげない存在感を放ちます。

小物:スタイリスト私物

こうがいの片側を利用して作られた帯留。日本髪を結う人が少なくなり活用の場を失った髪飾りの筆頭とも言える“笄”ですが、もともと手の込んだ細工が多く、それを転用したと思える帯留はアンティークショップなどでもよく見かけます。

笄にもやはり夏ならではの素材があり、水晶や翡翠などの透明感のあるものや涼しげな色石、透かし彫りをあしらったものなどが代表的。ここで合わせたのは、コニャックみたいな深みのある色が魅力的な煙水晶。

これが笄だった頃、果たしてどんな女性の髪を彩っていたのでしょうね。

片側が細くなったアシンメトリーな形状に背面の金具の模様が透けて、密やかながらさりげない存在感を放ちます。

簪の話

以前にも触れたことがありましたが、簪の挿し方にも若い人向き、年配向きがあります(現代では絶対こうでなくてはならないということではなく、どちらかと言うと“印象”や“見え方”という意味合いが強いですが)。

簪を上から挿す&飾りが高い位置になると若々しく可愛らしい印象が、下から挿す&飾りが低い位置だと、粋で格好良い雰囲気や落ち着いた印象が強くなります。これは決まりではなく、あくまでも“どう見せたいか”という意思やシンプルな“好み”によるもの。その都度、髪型とのバランスで挿す位置を決めてもまったく問題ありません。

ただ簪を挿す際に、飾りが大きく重さのあるものは抜けやすい(下から挿した場合は特に)ので注意が必要。気付かない間に落としてなくしてしまったり、繊細な細工のものを落として壊してしまったりした経験のある方もいらっしゃるのではないでしょうか。

お役立ちアイテム。

100均などで、小袋に大量に入って売られている小さなシリコンのゴム。

髪を結ぶ以外にも、帯留の金具が小さくて通らないときなどに使えるお役立ちアイテム(最近はカラフルなものも多いですが、クリアか黒が目立たなくて使いやすい)のこのゴム、簪が抜けないようにするのにもとても便利です。

画像のようなシンプルな金属の棒の簪は特に抜けやすいので要注意なのですが、足にこのゴムを巻き付けておくと、髪に引っかかってくれるので抜け落ちることがほとんどなく安心。

ちなみに、巻き付ける際は緩いとゴム自体が簪の足から抜けてしまうことがある(髪の中にゴムだけ残って、簪本体はいなくなってしまうという悲しい事態に……)ので、ゴムに緩みがないよう、しっかりめに巻き付けておきましょう。

私は着物のスタイリストなので、基本的には首から下(笑)の担当なのですが、髪飾りに関しては衣裳とのバランスが大切だと思うので合わせてご用意することが多いです(特にフォーマルな装いの場合、格的なものもありますし)。

ドラマや映画といった演技を伴う映像の撮影や、イベントでの登壇などの際も、女優さんの頭の動きによって(別に極端な動きをするわけでなくても、何かの拍子に)簪がすっ飛んだりすることがあるので、この“保険”は必須。

雑誌などの写真の場合は、顔の向きや角度による見え加減によって簪をその都度何度も差し直すことがあるので、その抜き差しで髪型が崩れるのを防ぐためにあえて引っ掛かりは作らないのですが、万が一落としてしまって挿し直すことで飾りの位置が変わると困る映像や、何かあってもすぐ直しに入れないステージなどの場合は必ず付けてヘアメイクさんにお渡ししています(そうしておけば、ハラハラと胃が痛い思いをしながら見守らなくて済みますので……)。

シャープでクラシカルなニュアンスを添えてくれるモチーフ

観世水の銀細工の透かし彫りがあしらわれた夏向きの笄と、現代のヘアスタイルでも使える硝子の笄形の簪。どちらもアンティーク。

意外と現代的でシンプルなヘアスタイルにも似合います。“和モダン”と言うか、シャープでクラシカルなニュアンスを添えてくれるアイテムです。

棒が短めなので、挿すのは上向きの方が安心

本書の扉絵で緋鹿子の手絡てがら髷掛まげかけとも)の間にちらりと見えているのがこうがい。もともとはこの絵のように棒状のシンプルな形状でしたが、時代を経るに従って装飾的な役割が主となっていきました。

左右に飾りを施したものは、画像のように中央で左右に分かれるようになっている中折れの形状が多いため、現代の髪型でも長い方の片方だけ挿したり(この場合もシリコンゴムは必須。中棒が木製のものが多いので、滑りが悪くちょっとだけ挿しにくいんですけどね……。棒が短めなので、挿すのは上向きの方が安心かもしれません。ゴムを巻き付ける際、棒が折れないようご注意を)、小さめのシニヨンやコンパクトにまとまるヘアスタイルであれば左右から挿したり(髪の内側で合体するので落ちないと言うメリットも)しても素敵です。

季節のコーディネート
〜百花繚乱・夏〜

透け感やざっくりした自然布など、ついつい素材感重視に走りがちな(個人的な好みが多分に反映されていますが)夏の装いですが、夏ならではの花々もとても魅力的。

本書のタイトルより、夏の“百花”を。

“夏の花”と聞いて思い浮かぶのは、向日葵、ダリア、芙蓉、月下美人……などなど、大輪の艶やかな花々ではないでしょうか。

中でも代表的な、歩く姿は……と美しい女性の姿にも例えられる百合の花。

細かい格子状の地紋が織り出された越後縮の織の着物に、大らかに染められた百合と蜻蛉、涼感を増す流水を添えて。

百合の花の鮮やかな配色が印象的で、主役にしたくなる存在感。どちらかと言うと個性強めに思えるかもしれませんが、実はこの帯、意外と着回しが効くタイプ。

オフホワイトの地色に加え、紫×鶸色という配色も、実は万能と言っても良いくらい合わせる着物をほぼ選ばないので、こういった無地感覚のシックな着物に新鮮な表情を与えてくれるだけでなく、インパクトのある大きな幾何学柄や大正ロマンな雰囲気の総柄のアンティーク小紋などにぶつけてもバランスよくまとまると思います。

“夏の花”の、代表的なもうひとつは“秋草”。

先に挙げた百合のように、まさに“咲き誇る”と言った形容がぴったりくる艶やかな花々とは正反対の、楚々とした雰囲気が古来より愛されてきたモチーフです。

萩、桔梗、女郎花といった“秋の七草”を中心に、さまざまな組み合わせで描かれますが、それらがひとつも入っていない夏物の方が少ないくらい。

節感のある麻に細かい萩と撫子が染められたこの袋帯は、シックながら大人の可愛らしさがあり、長く愛用できそうなひと筋。

麻の素材感そのままの地色は、これもまた合わせる着物を選びません。ここで合わせたような同系色の濃色はもちろん、藍や黒、濃紫に深緑。また、白や澄んだ浅葱や桜色、薄柳といった淡色の着物に合わせても、また違った表情を見せてくれそうです。

“朝顔”……これも“夏の花”と言えば外せない代表格ですが、ゆかたなどでもよくあしらわれるこの意匠は、どちらかというと可愛らしい印象になりがちなイメージ。

しかし、このまるで夏の夜を溶かしたような、黒から黒鳶色のグラデーションが柔らかな印象の生紬地にふわりと浮かぶ朝顔の帯ならば、しっとりと大人っぽい着こなしに。

優しい色合いの刺繍はシンプルながら存在感があり、訪問着からこういった紬や小紋などの普段着にまで、幅広く合わせて楽しめそう。付下げや色無地、江戸小紋に合わせたら、お茶席にもふさわしい装いに。

小格子のカジュアルな織の着物も、こんな組み合わせならエレガントにドレスアップ。高級なホテルやちょっとかしこまったレストランでのお食事、観劇などにも似合います。

今回のコラムで、本書からインスパイアされた装いとしてご紹介したのは、江戸好みの代表格とも言える藍×白のコーディネート。

ですが、きっぱりと粋で、余計なものはすべて削ぎ落とした、こざっぱりとしたすっぴんの魅力……といった感じの、ゆかたの藍白とはやはりどこか少し違って。

憂いを含んだ、江戸の“夜”、あるいは“闇”のイメージと言いますか。

(あまりネガティブなイメージを重ねたくはないのですが)その深い藍と鮮やかな青藍の色合いは、“吉原”という世界の明と暗、光と闇のように…そして蔦の柄は、その身に絡みつき縛り付ける鎖のように見えてきてしまいました。

最近でも“吉原”を題材とした展示をめぐってさまざまな議論がなされていましたが、一流の花魁と呼ばれた位の高い遊女は深い教養や嗜みを備えており、そこに集う人々の文化サロン的な役割を果たしていたとも言われますし(作中に登場する酒井抱一も、漢詩や書に優れた名高い花魁を身請けして妻にしており、合作した作品も残っているほど)、髪型や着こなしの流行の発信地でもあり、その衣裳や装飾品、調度品の発展のみならず、そこから派生する浮世絵や出版物などさまざまな分野の芸術作品が生み出されていったという側面も実際あったと思います。

ただ、その光のあたる部分はやはりほんの一部で、闇の部分の方が割合としては圧倒的に多かったのが事実だろうと思うのです。

梅が、母アサに付いて吉原に出入りするようになって早々に目にするのは、売られてきたばかりの年端もいかぬ少女タネの姿。

禿かむろとなることが決まり、襤褸ぼろをまとい悪臭を放つほどに汚れた頭のてっぺんから足の先まで綺麗に洗われて、髪を結われ、これまでに見たこともないような華やかな格好をさせてもらって。それを無邪気に喜ぶ様子は、少女の今後を思うと、その髪を手がける作中の梅と同じく胸を塞がれるような重苦しい気持ちになります。

他者から見て幸せとは決して言えない紀ノ川の人生も、光が当たる瞬間があっただけきっとまだまだマシな方だったのであろうし、こういった世界でしか生きていけない境遇に生まれ、飢餓に苦しむ故郷での生活より、お腹いっぱい食べられるだけ幸せという場合もあったでしょう。吉原よりも、もっと過酷な境遇もあったはず。より苦しい境遇の誰かに比べたらマシ、という考え方も良いとは思えないけれど、現代の私たちが想像するそんな綺麗ごとでは済まない過酷な生があったのは事実だと思うから。

正直読んでいて胸が痛むシーンも多いのですが、光のあたる部分だけではなく、闇の部分もしっかりと見据え真っ直ぐに受け止めてこそ、わずかな光の部分を素直に称えることを許されるのではないか。そんなことを考えさせられる一冊です。

さて次回、第四十夜は……

例えば半衿や袋物。小物誂えのお楽しみ。

2024.04.17

よみもの

『大吉原展』 東京藝術大学大学美術館 「きものでミュージアム」vol.33

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