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『デ・キリコ展』東京都美術館 「きものでミュージアム」vol.34

『デ・キリコ展』東京都美術館 「きものでミュージアム」vol.34

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初期から描き続けた自画像や 「形而上絵画」、西洋絵画の伝統に回帰した作品、晩年の「新形而上絵画」など、世界各地から100点以上が集結!デ・キリコ芸術の全体像に迫る大回顧展が開催中です。

2024.04.17

よみもの

『大吉原展』 東京藝術大学大学美術館 「きものでミュージアム」vol.33

デ・キリコの生涯を網羅する大回顧展

今回は、東京都美術館で開催中の『デ・キリコ展』をご紹介します。

※本コラム内の美術作品の写真につきまして、各美術館プレスより撮影および掲載の許諾を得て使用しております。

展示風景

展示風景

20世紀を代表する巨匠の一人、ジョルジョ・デ・キリコ(1888-1978)。

イタリア人の両親のもとでギリシャのヴォロスに生まれ、父の死後、母と弟とともにミュンヘンへ移住、ニーチェの哲学や画家アルノルト・ベックリンらから大きな影響を受けました。

その後イタリアに移住し、1910年頃から、独特の歪んだ遠近法や脈絡のないモティーフを取り入れた絵画を描き始め、それを「形而上絵画」と名付けます。

このスタイルは、サルバドール・ダリやルネ・マグリットなどのシュルレアリストたちにも影響を与えました。

デ・キリコ展

Fondazione Giorgio e Isa de Chirico Photo Archive

しかし、1919年以降は伝統的な絵画へと興味が移り、古典的な手法や主題を用いた作品を制作するようになります。

並行して過去の「形而上絵画」を再制作したり、「新形而上絵画」と呼ばれる新しいスタイルの作品も制作します。「贋作」と非難するものもいましたが、アンディ・ウォーホルは、複製や反復の概念を先駆的に取り入れたとして、デ・キリコを高く評価しました。

デ・キリコは、妻と弟など自身を理解する家族に支えられ、90歳で亡くなるまで己の才能を信じて精力的に創作を続け、絵画、彫刻、挿絵、舞台美術などさまざまな分野で多くの作品を残しました。

《17世紀の衣装をまとった公園での自画像》

《17世紀の衣装をまとった公園での自画像》1959年 ジョルジョ・エ・イーザ・デキリコ財団 © Fondazione Giorgio e Isa de Chirico, Roma

※作品はすべてジョルジョ・デ・キリコ作
©Giorgio de Chirico,by SIAE 2024

イタリア広場と「形而上絵画」の誕生

1910年、デ・キリコはフィレンツェに住まいを移し、フィレンツェの見慣れたはずの街の広場で、すべてのものが初めて見るもののような不思議な感覚に陥ります。

最初の「形而上絵画」の構図が生まれた瞬間でした。

イタリア広場のシリーズは、この啓示ともいえる体験に関連しています。

《バラ色の塔のあるイタリア広場》

《バラ色の塔のあるイタリア広場》 1934年頃 トレント・エ・ロヴェレート近現代美術館(L.F.コレクションより長期貸与) © Archivio Fotografico e Mediateca Mart

ところで、「形而上絵画」とはどのようなものでしょう。

「形而上」とは、形のないもの、心や感情、魂、神など理念的なもののこと。

「形而上絵画」では、日常の風景とは異なった独特の遠近法が用いられ、謎めいたオブジェや幻想的な風景などが描かれます。

イタリア広場のシリーズは、人影のない公園に長い影が伸び、柱廊のある建物などが描かれ、歪んだ遠近法により不穏な空気が漂います。不思議な風景を観ていると空虚で不安定な感情が押し寄せてくるようです。

《バラ色の塔のあるイタリア広場》は、1913年に制作した作品を、1934年頃に複製したもの。

図録によると、デ・キリコは、1924年、アンドレ・ブルトンの依頼で自らの形而上絵画の最初の複製(レプリカ)を制作し、その妻にあてた手紙に「これらの複製は、より美しい素材とより洗練された技法をもって描かれていること以外、欠点はないでしょう」と書いたそう。

ただ複製するだけでなく進化する。以降も”自作の複製”を制作しました。

《イタリア広場(詩人の記念碑)》

《イタリア広場(詩人の記念碑)》 1969年 ジョルジョ・エ・イーザ・デ・キリコ財団© Fondazione Giorgio e Isa de Chirico, Roma

《イタリア広場(詩人の記念碑)》は晩年の作品です。

デ・キリコの作品に度々登場するオブジェがたくさん置かれた窓からのぞき込む構図となっています。ますます非現実的で混沌を深めているように感じます。

マヌカン(マネキン)の登場とその多様性

展示風景

展示風景

やがてデ・キリコは、「形而上絵画」の中にマヌカン(マネキン)を取り入れました。

マヌカンとは、顔のない”人間のようなもの”。それまで重要だった「人」を、他の「物」と同じように扱うことができるようになりました。

マヌカンは時に、謎のミューズ、予言者や占い師、哲学者などとして登場します。顔の特徴や表情がないため抽象的で不思議なモティーフとなり、観るものが想像する領域を広げます。

《予言者》

《予言者》 1914–15年 ニューヨーク近代美術館(James Thrall Soby Bequest) © Digital image, The Museum of Modern Art, New York / Scala, Firenze

《形而上的なミューズたち》

《形而上的なミューズたち》 1918年 カステッロ・ディ・リヴォリ現代美術館(フランチェスコ・フェデリコ・チェッルーティ美術財団より長期貸与)© Castello di Rivoli Museo d'Arte Contemporanea, Rivoli-Turin, long-term loan from Fondazione Cerruti

デ・キリコのマヌカンは平坦なベタ塗りというイメージを持っていたのですが、今回、その表現の多様性に驚きました。

さまざまなタッチによるマヌカンのバリエーションは、みなさまにもご注目いただきたいポイントです。

《ヘクトルとアンドロマケ》

《ヘクトルとアンドロマケ》 1970年 ジョルジョ・エ・イーザ・デ・キリコ財団© Fondazione Giorgio e Isa de Chirico, Roma

《南の歌》

《南の歌》 1930年頃 ウフィツィ美術館群ピッティ宮近代美術館© Gabinetto Fotografico delle Gallerie degli Uffizi

《不安を与えるミューズたち》

《不安を与えるミューズたち》 1950年頃 マチェラータ県銀行財団 パラッツォ・リッチ美術館

《ヘクトルとアンドロマケ》

《ヘクトルとアンドロマケ》 1924年 ローマ国立近現代美術館

《剣闘士》

《剣闘士》 1928年 ナーマド・コレクション

《神秘的な考古学者たち(マヌカンあるいは昼と夜)》

《神秘的な考古学者たち(マヌカンあるいは昼と夜)》 1926年 カルロ・ビロッティ美術館

古典への回帰からネオ・バロック期

1919年以降、先人たちの絵画技法に興味を持ったデ・キリコは、ティッツィアーノやラファエロなどのルネッサンス期、そしてルーベンスやヴァトーなどのバロック期の作品に傾倒します。

過去の巨匠たちの作品を研究し、伝統的な主題にも取り組みました。裸婦やポーズをとる肖像画、静物画、風景画などを描きます。

突然のように画風を変えたデ・キリコに、それまでの賞賛者はとまどい反発します。1920年代半ば以降、シュルレアリストたちや他の前衛芸術家たちとの関係は悪化します。

《風景の中で水浴する女たちと赤い布》

《風景の中で水浴する女たちと赤い布》 1945年 ジョルジョ・エ・イーザ・デ・キリコ財団© Fondazione Giorgio e Isa de Chirico, Roma

デ・キリコの古典絵画にはどこか独特なテイストがあります。裸婦の足元に果物が転がり、静物画の果物もテーブルの上ではなく岩場に散らばるように描かれました。

デ・キリコにとってはただの古典回帰ではなく、あくまでも自分の概念の表現方法として古典の技法を取り入れたのです。

《岩場の風景の中の静物》

《岩場の風景の中の静物》 1942年 ジョルジョ・エ・イーザ・デ・キリコ財団© Fondazione Giorgio e Isa de Chirico, Roma

そして「新形而上絵画」へ

デ・キリコは、晩年の約10年間に再度形而上絵画に取り組みます。これは「新形而上絵画」と呼ばれ、初期の「形而上絵画」とは区別されます。

オデュッセウスの帰還

オデュッセウスの帰還 1968年 ジョルジョ・エ・イーザ・デ・キリコ財団© Fondazione Giorgio e Isa de Chirico, Roma

「形而上絵画」で描かれた広場やマヌカンや家具は登場しますが、初期のものとは微妙に違います。特に色彩においては以前より淡く軽やかになっています。

新形而上絵画は、単なる過去の自分への回帰ではなく、新境地だったのです。

展示風景

左:《燃えつきた太陽のある形而上的室内》1971年 ジョルジョ・エ・イーザ・デ・キリコ財団© Fondazione Giorgio e Isa de Chirico, Roma

最後に

デ・キリコは、絵画のほか挿絵や彫刻、舞台美術でもその才能を発揮しました。展示室にはそれらも展示されており、大変興味深く鑑賞しました。

彫刻の展示風景

展示風景

何度かの転機を迎えて画風を変え、周囲を驚かせたデ・キリコ。

でも彼にとっては、シンプルに自分の目指す芸術を達成するための方法を追求した結果に過ぎなかったのだろうと感じました。周囲に何を言われようと、信念を曲げず90年の人生を全うしたのはすばらしいことです。

舞台美術の展示風景

展示風景

この日の装い

この日の装い1

デ・キリコのイメージは、オレンジと茶色に緑!

茶系の小糸染芸の小紋に加納幸の帯を合わせました。以前、道明組紐教室で組んだ笹浪組の帯締めがまさにそのカラーだったので、もちろんセレクト。春らしくなかったのが反省点です。

この日の装い お太鼓後ろ

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インタビュー

小糸染芸 5代目当主・小糸太郎さん

撮影/五十川満

今回ご紹介の展覧会情報

「デ・キリコ」ポスター画像

デ・キリコ展

東京都美術館(上野公園)
https://dechirico.exhibit.jp/

日 時:2024年4月27日(土)~8月29日(木)
    9:30~17:30、金曜日は20:00まで ※入室は閉室の30分前まで

休室日:月曜日、7月9日(火)~16日(火)
※ただし、7月8日(月)、8月12日(月・休)は開室

■巡回

神戸市立博物館
https://www.ktv.jp/event/dechirico/
2024年9月14日(土)~12月8日(日)

※詳細は展覧会公式サイトをご覧ください。

その他、おすすめの美術展

※日時など変更になる場合があります。おでかけ前に公式サイトなどで最新情報を確認してください。

「浮世絵の別嬪(べっぴん)さん」ポスター

特別展 浮世絵の別嬪(べっぴん)さん―歌麿、北斎が描いた春画とともに

大倉集古館(虎ノ門)
https://www.shukokan.org/

日 時:2024年4月9日(火)~6月9日(日) 

    *前期:4月9日(火)~5月6日(月) 
    *後期:5月8日(水)~6月9日(日) 
    10:00~17:00、毎週金曜日は19:00まで開館 ※最終入場は閉館時間の30分前

休館日:毎週月曜日(祝日の場合は翌火曜日)

「シアスター・ゲイツ」ポスター

シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝

森美術館(六本木ヒルズ)
https://www.mori.art.museum/jp/

日 時:2024年4月24日(水)~ 9月1日(日)
    10:00~22:00、火曜日は10:00~17:00
    ※最終入場は閉館時間の30分前

休館日:会期中無休

「サントリー美術館コレクション展」ポスター

サントリー美術館コレクション展 名品ときたま迷品

サントリー美術館(六本木・東京ミッドタウン)
https://www.suntory.co.jp/sma/

※会期中展示替を行います。

日 時:2024年4月17日(水)~6月16日(日)
    10:00~18:00、金曜、6月15日(土)は20:00まで開館
    ※最終入場は閉館時間の30分前

休館日:火曜日 ※6月11日は18時まで開館

◆ 読者プレゼント ◆

「デ・キリコ」ポスター画像

さて、恒例の招待券プレゼント!
今回は東京都美術館『デ・キリコ展』の招待券を3組6名の方にプレゼント!(招待券の有効期限は7/8まで

ぜひ、きものでお出かけくださいね!

下記リンクより、お使いのSNS経由にてご応募くださいませ。

◆インスタグラム
https://www.instagram.com/kimonoichiba/
◆X
https://twitter.com/Kimono_ichiba

※応募期間:2024年5月27日(月)まで

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