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中村時蔵夫人 小川晃枝さん 「歌舞伎俳優 ご夫人方の装い」 vol.1 ―”役者のかみさん”は襦袢の衿のように

中村時蔵夫人 小川晃枝さん 「歌舞伎俳優 ご夫人方の装い」 vol.1 ―”役者のかみさん”は襦袢の衿のように

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今年の「六月大歌舞伎」にて、初代中村萬壽さん、六代目中村時蔵さんの襲名披露興行が行われ、五代目中村梅枝さん、初代中村陽喜さん、初代中村夏幹さんが初舞台を踏むこととなりました。おめでたい襲名記念にあやかり、五代目中村時蔵ご夫人に着物の着こなしや思い入れのあるお品の紹介、歌舞伎観劇の際の着物についてうかがいました。

2021.03.05

インタビュー

文化の垣根を越えた試みに挑戦― 歌舞伎俳優 中村壱太郎さん(前編)

劇場でお客さまをお迎えする装い

――本日は「劇場でお客さまをお迎えするときの装い」というテーマでお越しいただきました。装いのポイントなどうかがってもよろしいですか。

桜の着物姿で

桜の着物にしたところでしょうか。今年はまだ桜が咲いていないので(取材は3月末)、いまのうちにと。一年に一度くらいしか着られませんが、春、桜が咲く前に芝居の初日や千穐楽があると着ます。

実は20年前に誂えた着物なんです。当時、呉服屋さんが持ってきたときには桜と桜の間に金の霞が入っていたんですね。

でもそれだと派手なので「芝居に着ていくには向かないわ」とお伝えしたんです。そしたら次のときに「霞をとって染め直してきました」と持っていらしたので、いただかないわけにはいかなくなってしまって(笑)。でもとても気に入っています」

――派手だとよろしくないんですね。

「そうですね、劇場ではお客さまが主役なので、あまり派手にならないようにしています。

小物も、訪問着を着るときはなるべく無地の帯締めをしたり、帯揚げも邪魔をしないもののほうが好きですね。

逆に小紋などを着るときには、同じ道明の帯締めでも色が入っているものや、帯揚げも輪出しのものをします

帯は北村武資さんのもの

――小紋も着られるのですね。着物ファンとしては、晃枝さんのように着物を上手にお召しの方を見て参考にしたいという気持ちがあります。どのようなタイミングで着られますか。

小紋が好き

小紋、大好きなんです。初日と楽日(千秋楽)以外は小紋を着ていますから、劇場でお目にかかれましたらぜひ。

そのときどきですが、開演前や幕間の休憩時間などに劇場へうかがっておりますので」

舞踊家の母から受け継いだもの

――帯についても教えていただけますか。

北村武資さんの帯は母の遺品

「こちらは北村武資さんの帯ですね。母の遺品です。母は舞踊家でして、”着物大尽”でした。

亡くなりましたときに何が大変だったかというと、母のお着物をお弟子さんやお世話になった方々へと形見分けしたことですね。残りを妹と私で分けました。いまでもとても活用していて、助かっています」

――きれいに使ってらっしゃったのですね。お母さまが踊りの先生ということは、晃枝さんも踊りをされていたのでしょうか。

「そうです、私も舞踊家でした。結婚してからは踊っていませんが」

花紋もステキ

――では、小さいころから着物はお召しだったのですね。踊りは何歳から始められたんですか。

「3歳になる前みたいです。着物はいつのまにか着られるようになっていたので、これが果たして正しい着方なのかわからないのです

うちのお嫁さんたちは着付け教室へ行ったというので、逆に私が「きれいに始末しているけれど、どうやるの?」なんて聞いたりしています。そうやるのね~なんて、この年になって感心したりして(笑)」

――履き物はどうされていますか。

鶯色の前つぼ

「江戸前で細身、鼻緒がシュッとしたものは格好いいですよね。今日はプレーンな白に前つぼは鶯色のものです。

雨の日には、外ではカレンブロッソも活用しています。水があがってこないですし。カバーを掛けて出かけて、劇場でいつもの草履に履き替えていますよ」

――縫いの洒落紋がまたすてきですね。

自分でデザインして

「洒落紋は、絵に描いて呉服屋さんに「こういうふうにして」とお渡ししています。これも「蝶々を入れて」とお願いしたらこうしてくださいました。主人の役者の紋が「桐蝶」なんです。私たちは役者紋をつけることはできないけれど、蝶々や、替え紋が「蔓方喰」なのでクローバーをつけてみたりしています。

イニシャルもね、フランス刺繍の図案に踊っている文字があったので、それを組み合わせてみたり。あんまり派手な装いにできないぶん、そこで遊んでいますね

歌舞伎俳優の妻としての仕事

――歌舞伎俳優の妻として、着物以外で気をつけていらっしゃることはありますか。

「結婚したときに主人の祖母から言われたのは「お客さまに挨拶するときは、あなたのほうから近づきなさい」ということでした。

向こうからこちらへ歩いていらっしゃるでしょう、前まで来てくださったところでご挨拶すればいいかなと思ってしまうのですが、そうではなくて、あなたのほうから一歩でも先に近づきないさいと。それはそうだなと思い、以来ずっと守っていますね」

優しい笑顔

――歌舞伎の家に嫁いで大変だったことはなんでしょう。

子供の着物を用意することでしたね。

紋付袴はそれほど着る機会もないのでどうにかなるんですけれど、問題は稽古着です。お稽古に連れて行くたびにつんつるてんになっていくんです。そうなると稽古もしづらいですから、腰上げ、肩上げを直すっていうのをしょっちゅうやっていました。

それと、男の子の着物ってほとんど売ってないんですよね。あっても七五三の派手なもの。そういうときに、祖母や母が遺してくれた着物がすごく役に立ちました。

ただ男の子用に直すにも、お稽古するときの着物は袖が長くて、1尺5寸ぐらいあるんです。祖母の着物の袖丈は短くて1尺2寸くらいですから、身から布をとって袖にして作り替えていました。そういう転用ができるので、着物って便利ですよね。

古い祖母の小紋だと私たちにには地味だし、この先、自分が年取っても着るかしら? なんて思っていたのが、男の子にはドンピシャで。いまは、その着物たちを孫が着ています。役に立ったんだな、と思うとうれしいですよね」

歌舞伎俳優の妻として

──歌舞伎俳優の妻の仕事としては……

着物の世話をするのも役目だと思っています。

主人のもあるし、息子たちの稽古着もそうですけれど、楽屋で、浴衣のうえに袷を着る部屋着というものがあるんです。これがもう白粉で汚れるわ、膝をついて挨拶するので膝は抜けるわ、背縫いのところは破けるわで」

――そういうときはどうされるのでしょう。

上前と下前を入れ替えてもう一回着られるようにしたりします。裾が切れたら、短くするなどして活用して。お直し屋さんにも出しますけど、衿を付けたり、夏物と冬物を替えたりなどは自分で。とにかく手を動かしていますね。でも、嫌いではないので楽しい仕事ですね

仕上げに挿す文扇堂の扇子

――思い入れのあるお品を拝見してもよろしいでしょうか。

ご愛用のお品

「選びきれなくてたくさん持ってきてしまいました。浅草の老舗『文扇堂』というお扇子屋さんと仲良くさせてもらっていまして、なにかとお世話になっています。毎年、干支扇というものを出していまして。私が子年なので、ねずみのものが多くて

――地紙の色など色味もかわいらしいですね。

辰年にあわせて

「どれもかわいいでしょう。今日は差し色にいいかなと、辰年でもありますし、こちらで

芝居から図案をとったもの

「これなんかは芝居から図案をとっていますね、『伽羅先代萩』の仁木弾正。匂わせが好きなのよね、これわかる?っていう。

また、奥さんが名前を入れてくださるの。とても達筆なんです」

ネームを入れていただく

「これは息子が『寿曽我対面』を演ったときのものですね

お役にあわせて

「『文扇堂』のご主人がおさむちゃんという方で、私、昭和60年に結婚しているんですが、その前からの知り合いなんです。もう亡くなってしまったんですが、おさむちゃんは勘三郎さんや三津五郎さんともすごく仲がよかったんですよね、うちの主人ももちろんですが。奥様は2年前に亡くなってしまって、いまは息子さんが継いでいます。

彼がいなかったら私は主人と結婚していなかったですね。それくらい、私のなかでキーマンでした。浅草でよく3人でご飯を食べたりしたので、とても寂しいですね。

結婚するときにおさむちゃんに「かみさんなんてもんは襦袢の衿みたいなものじゃないとダメだぞ」と言われたんです、半衿のことですよね。「なくちゃおかしいけど、出過ぎたらみっともねえ」と。

それは”役者のかみさん”として、いまでもずっと意識しています

扇子を挿して

「扇子を実際に開いて使うことはあまりないですが、着物を着て最後にこれを挿すとスイッチが入るというか、「よし、行ってこよう!」と気合いが入ります

夫の「萬壽」、息子の「時蔵」襲名へ

――ご主人と息子さんの襲名や、お孫さんの初舞台が控えていますが。

「こんな日がくるとは思わなかったです。「時蔵」がいなくなってから息子が「時蔵」になると思っていたので。でも主人の思いもあるし、生きている間に継がせるのは幸せなことだと言われれば、確かにそうだなと思っています

――ご子息の梅枝さんはここ数年、新作古典問わずいろいろな舞台で活躍され、女方として名前も知られた存在です。「時蔵」を襲名されどのように成熟されていくのか、歌舞伎ファンはとても楽しみにしていると思います。

襲名をサポートする立場として

きっとお客さまのほうが「時蔵」になるんだ、と見てくださっているし、ハードルも上げてくださっていると思います。

名前が変わったのによくないじゃないの、と言われるのが常の世界だから、そこは彼自身も考えていかないといけないのかな。プレッシャーもすごいと思いますが、プレッシャーを感じられる立場にいるということは幸せなことですから

着物で歌舞伎観劇のルールは

――着物を着て歌舞伎を観たいという方はたくさんいらっしゃいます。ただ、この着物で行っていいのかしら? と迷われることも。また、前のほうの良いお席ですと、それなりの着物でないとマナー違反になるのでは? というお声も。実際のところ、どうなのでしょうか。

私の母たちの世代は「歌舞伎座へ行くから着物作ろう」という時代でした。「これを着て芝居に行く」のを楽しみにするようなところはありましたよね。

でもいまは、何を着てきてはいけない、ということはないですから、ぜひ好きな着物を着ていらしてください。

お芝居の時間はわりと長いので、ぎゅうぎゅう締めていくと苦しいし、ご飯食べたあとは眠くなっちゃうし…… だから、リラックスできる装いでいらしていただきたいですね

中村時蔵さんご夫人、中村晃枝さんの装い

公演情報

インタビューでご紹介しました歌舞伎座での「六月大歌舞伎」にて、中村時蔵さんが「中村萬壽」を、時蔵さんのご長男・中村梅枝さんが「六代目中村時蔵」を襲名することとなりました。

また、梅枝さんのご長男・小川大晴さんが「五代目梅枝」として、中村獅童さんのご長男・小川陽喜さんが「初代中村陽喜」として、ご次男の小川夏幹さんが「初代中村夏幹」として初舞台を踏みます。

六月大歌舞伎 チラシ01

昼の部は、六代目中村時蔵襲名披露狂言として、時代物の傑作『妹背山婦女庭訓』より「三笠山御殿」を上演。

夜の部は初代中村萬壽襲名披露狂言、五代目中村梅枝さん初舞台として、舞踊『山姥』を。そして世話物の名作『魚屋宗五郎』にて、中村獅童さんのご子息、初代中村陽喜さんと初代中村夏幹さんが初舞台に挑みます。チケットなどの詳細はこちらのサイトをご参照ください。

六月大歌舞伎

そして今回はなんとスペシャルプレゼントも!

6月23日(日) 昼の部 1等席2組4名様をご招待!

下記リンクより、InstagramもしくはX経由でご応募くださいませ。

◆Instagram
https://www.instagram.com/kimonoichiba
◆X
https://twitter.com/Kimono_ichiba

※応募期間:2024年5月19日(日)まで

取材コーディネーター/akemi
取材・構成・文/渋谷チカ
撮影/TADEAI 久野藍

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