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門出寿ぐ喫茶去 「#京都ガチ勢、大西さん家の一年」vol.11

門出寿ぐ喫茶去 「#京都ガチ勢、大西さん家の一年」vol.11

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扇子製造卸を営む大西常商店の4代目、大西里枝さん。家業に新風を吹き込む若き女将がつぶやく、ガチ勢な京都暮らしの本音炸裂ツイートが、いま注目を集めています。大西家茶室の炉開きは、茶人・みくぼ笑り子さんによる里枝さんへの祝いの会となりました。その一部始終をお届けします。

2023.10.12

よみもの

お月見団子で一献 「#京都ガチ勢、大西さん家の一年」vol.10

2023.11.13

よみもの

茶人・みくぼ笑り子さんによる炉開き 「#京都ガチ勢、大西さん家の一年」vol.10.5

炉開きは、一客一亭の茶事で

露地草履をつっかけ、庭を通って躙り口をくぐる。スカイブルーの綸子地が、目に眩しい。

着姿

光の加減によって、地模様の紗綾形(さやがた)と唐花が煌めき立つ。

※紗綾形……菱形に歪めた卍が途切れることなく繋がっていることから、家の繁栄や長寿を願う吉祥文様のひとつ。菱万字とも

晴れ渡った空の色は、母・優子さんの希望だったという。

地模様の紗綾形

そこに正統派な西陣織の袋帯を合わせて、淡いピンクの帯揚げと帯締め。上品な金糸が華やかさを醸し出す。

着姿
左三つ巴の女紋

背中には、左三つ巴の女紋。大西家の家紋は裏桔梗だが、「この着物には、女紋の方が似合うでしょ」と優子さん。

亭主である笑り子さんが、里枝さんを迎える。

まずは床の間の前に座し、しげしげと軸を眺める里枝さん。記された禅語の説明に聞き入る。

笑り子さんが、里枝さんを迎える

「何かをずっとし続けるには相当の労力が必要ですよね。だからこそ、ずっと勢いがある里枝さんを見ていると、継いでいくことの凄さを思わずにはいられません

4代目就任の関所を乗り越えて、どこへでも自由に、もっと軽やかに、この先も突き進んでほしいという彼女の願いを受け止め、里枝さんは言う。「座右の銘にします!」と。そして、呪文のように「関 南北東西活路通(かん なんぼくとうざいかつろつうず)」を繰り返すのだった。

酒を注ぐ笑り子さん

さぁさ、まずは一献。と、この日のために厳選した日本酒が酒盃に注がれる。

なみなみと盃を満たす「七笑」に口をつけ、「昼間っから呑むお酒、最高!!」と里枝さん。銀杏の香りを愉しみ、酒とのマリアージュに頬をゆるめ、からすみの風味を噛み締めて、目じりを下げる。至福のひとときだ。

愉しむ里枝さん

盃差し交し、満ち満ちる慶び

吸い物を飲む里枝さん

澄んだ出汁を一口。と同時に、吐息が洩れる。そして、しみじみと溢した「はぁ~美味しいぃ~」という感嘆。

「朝から出汁を引いてきました!」と、笑り子さんが微笑んだ。

京都に来て7年。最初に釜を懸けさせてもらったのが、ここでした。京都に馴染ませていただくきっかけになったお茶室です。今日はそのご恩返しも兼ねて、お祝いの料理をご用意しました」

笑り子さんの言葉に、「あかん、もう泣きそう!」と瞳を潤ませる里枝さん

返杯する里枝さん

笑り子さんも謹んで返杯を受け、酌み交わすふたり。懐紙に取った銀杏をひょいと手掴み、「銀杏は揚げたのが一番美味しい」と、うれしそう。

取材クルーも巻き込んで、ひとしきり銀杏トークで盛り上がる間、酒の銘が表す通り、茶室は笑いに包まれていた。

茶室は笑いに包まれていた

実は笑り子さんが京都に移住する前から知人を介して親しくなったふたり。コロナ禍前は頻繁に酒場で顔を合わせていたという。が、最近はめっきり一緒に呑む機会が減り、「お茶は人との繋がりなのに……駄目ですね」と、笑り子さん。

「それだけお忙しいってことは、ええことですよ!」と、すかさず返す里枝さんに、「だから、今日のこの機会をとても愉しみにしていたんです」。

酒酌み交わすふたり

笑り子さん曰く、「京都に来たのは自然な流れでした。やっぱりインフラが完璧だから。最近になって、イケズも必要なものなんやな、って分かるようになりました(笑)。京都の、縦でも横でもない、ふわっとした斜めのご縁の繋がり方が素敵だなって思います」。

ぜんざい

たっぷりの粒餡に焼いた丸餅が入った「善哉」。菓子椀の朱色も美しい

善哉を味わった後は、いよいよメインイベントとなる亭主によるお点前だ。

お点前

里枝さんのためだけの一服を点てる笑り子さんの姿は凛々しくも柔らかく、なんともたおやかだ。そこには、里枝さんへの感謝の気持ち、茶道への親しみ、お茶のある時間への愛が滲み出ていた。

茶を飲む里枝さん

滑らかな所作で茶をいただく。「うわ~、お酒の後のお抹茶って、こんなに美味しいんですね!」と、里枝さんが目を見開いた。

「そうなんです、そうなんです!」と、うれしそうな笑り子さん。

茶碗

手に馴染む抹茶茶碗は、宇治・朝日焼の「癸卯茶碗」。毎年制作されている干支作品で、瓢箪には「卯」の文字が。

「(4代目就任という)人生における大きなイベントは今年一回きりのことなので」と、最も相応しいと思えるものを選んだという。

談笑する二人

「やっぱりここ、本当にいいお茶室です……」

ゆるやかな時間が流れるなか、笑り子さんが不意にそう呟いた。しみじみと。数多くの茶室で釜を懸けてきた彼女が言うのだからと、取材クルーはもちろん里枝さんも深く納得したのだった。

談笑する二人
糸巻き蒔絵の棗

糸巻き蒔絵の棗は「初めて自分で買い求めたもの。3つの糸巻きが絡み合っていて、ご縁を感じさせます」。和榊でつくられた茶杓は、「いのしし神社」の名で親しまれる護王神社で出合ったもの。亥の月亥の日の炉開きに、これほど見合う茶道具もないだろう

大西家茶室の歴史を紐解く

解放感にあふれた大西家の茶室

閉鎖的かつ緊張感ある「茶室」がもつイメージとは少し異なり、解放感にあふれた大西家の茶室。

居住まいを正さねばならないような圧迫感がないのは、光の移ろいを肌で感じる造りになっているからだろうか。不精を承知でごろんと寝転んで、ぼ~っとしたいような和みのある空間だ。

解放感にあふれた大西家の茶室

実はこの茶室には、母・優子さんの並々ならぬ思い入れが籠められている。

「なんでこんなん造ったんやろ?と本気で思ってましたけど(笑)、茶室やっぱいいわ~」が、久々の茶事を終えた里枝さんのひとこと。

「母が嫁いできたときは、ここは父の部屋やったみたいで。隣が応接間で、床の間は押し入れでした。気がつけばすっかり物置状態で(笑)」

解放感にあふれた大西家の茶室

京町家と判る外観から、「お茶室があるんですか?」と訊かれることも度々あったという。

あるとき「供待(ともまち:来客の供人などを待たせておくために門口に設けた休息所)があるし」と指摘を受け、優子さんが確認してみたところ、昔は茶室だったことが判明。どうやら、商談の場として使われていたらしい。

解放感にあふれた大西家の茶室

それを聞いた優子さんは、「うちは精々100年ほどの新参者。だからこそ、他にはない何かが要る。扇屋さんでお茶室があるとこはない。だったら、ここや!とみなさんに知ってもらうためにも、本格的なお茶室を造りたい」と考えたという。

解放感にあふれた大西家の茶室

夫にも義母にも内緒で宮大工と工務店に相談した優子さん。話を聞いた職人が、「お金かかりますよ」と心配したというから、優子さんの本気度合いが知れるというもの。

太陽光に近い電灯を設室

「太陽の光が入る窓に!」というリクエストに応じて突き出し窓を拵えてくれたが、二階にも部屋があるため自然光は諦め、太陽光に近い電灯を設置した。

窓の近くに渡した細い梁は香木。侘び寂びを表す壁には、ゆくゆく黒くなる経年変化を味わう素材を用いている。加えて、冷暖房完備という仕上がりだ。

風炉先屏風

二階の天袋をリメイクした風炉先屏風は、指物師に無理を言ってお願いした愛着ある逸品

「家の中にもうひとつ家を建てるほど」の酔狂、茶の湯を愛した戦国武将にも負けぬ豪胆さに恐れ入る。

己と向き合い、いまこのときの一期一会に安らぎすら感じるいっとき。心にも身体にも効くリラックスタイムを、自宅で得られる贅沢たるや。優子さんの気概に脱帽するばかりだ。

一年の締め括りとなる最終回は、大西家の正月支度をご紹介します。

撮影/スタジオヒサフジ

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