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神聖なる能面 ～女流能楽師・田中春奈さんに聞く～ 「気になるお能」vol.4

神聖なる能面 ～女流能楽師・田中春奈さんに聞く～ 「気になるお能」vol.4

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無表情な面、聞き取れない言葉、古い価値観——能楽へのハードルは高く感じてしまいがち。室町時代から受け継がれてきた日本を代表する舞台芸術への扉を、一緒に開いてみませんか？　今回は、能楽師にとって何よりも大切な「能面」について、春奈さんの想いをお聞きしました。

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お能に欠かせない面（おもて）とは？

能を代表する面である『小面』

宇髙景子作「増女」　※「増女」は女面のひとつ

お能で使う「能面」と狂言で使う「狂言面」。それらを併せて、「面（おもて）」といいます。

最も有名なのは、口が耳まで裂け2本の角のある「般若（はんにゃ）」でしょう。これは、生霊や死霊などを写した「怨霊面」のひとつで、嫉妬に狂う女性をあらわしています。こちらを含め、

・翁面（おきなめん）
・尉面（じょうめん）
・男面
・女面
・怨霊面
・鬼面 （きめん）

これら6種類があり、その数およそ200パターン。

「面は、約千年前に流行ったメーキャップを彷彿とさせ、例えば、能を代表する面である『小面』は、ティーンエイジャーの純真な女性です」

お能に欠かせない面とは

室町期につくられたものを「本面（ほんめん）」、本面を手本として江戸時代以降に打たれたレプリカを「写し」といい、明確に区別されます。

外と内で異なる材木を使い分けています。

能面はただの道具ではない

シテ（主役）の多くは、人ならざる者。

観客はシテを通じて、世界のあちら側へと誘われていきます。

ふたつの世界を繋ぐ役割を担うシテは、能面をかけて神や鬼、幽霊といった異界の者になるのです。能面を「着ける」ではなく「掛ける」と言うのも、憑依の意味合いがあるからかもしれません。

私たちは面の代わりに話すのです

「面はただの小道具ではありません。演者は依り代（よりしろ）のようなものであり、主役は能面とも言えます。私たちは面が伝えたいけれど伝えられないことを代わりに話すのです」

面は見た目を変えるだけでなく、演者が変身するための重要なツールでもあると考えられます。

面は、能楽師にとって神聖なもの

能楽に欠かせない面は、能楽師にとって神聖なもの。

「面を扱う際には袴を身に着け正装するよう教えられました。面紐を通す穴以外には触れず、掛ける前に一礼します。

面そのものへの敬意はもちろん、それまでその面を掛けて舞台を務めてこられた全ての演者へ礼を尽くす気持ちを忘れないようにしています」

多彩な表情をもつ面の魅力

よく耳にする「能面のような顔」。

無表情の代名詞として引き合いに出される能面は、実は無表情ではなく中間表情で、何気に表情豊かにもなり得る、と春奈さんは言います。

能面は、実はとても表情豊か

冒頭で例に挙げた「般若」もよくよく見てみると、怒り狂っているだけではなく、深い悲しみや苦しみが感じられ、般若となってしまった来し方に切なさを抱きます。

演者が命を吹き込み、そこに観る者が心情を投影する——そういった舞台的効果だけではなく、そもそも能面には、豊かな表情を表現する秘密があるのです。

「真正面から見ると分かりますが、面は左右非対称になっています。頬が少し下がっている右側が陰、反対の左側が陽。目の穴も左右で違っていますし、瞼は一重に見えて実は二重なんです」

面は左右非対称

実は面は左右非対称

「顔を上下するだけでも表情は変化します。

上向きに『テラス（照らす）』と明るく、下向きに『クモラス（曇らす）』と陰りや憂いを帯びた様子を表現することができます。ほんの少しの角度で、多くの感情を伝えることができる奥深さこそ、面の魅力のひとつだと思います」

照らす（上向き）と明るく

『テラス（照らす）』と明るく

曇らせる（下向き）と陰りや憂いを帯びた様子に

『クモラス（曇らす）』と憂いを帯びる

「演者が舞台上で摺り足なのは、一説として、面の繊細な表情を効かせるためと言われます。頭を動かさないように足を運ぶ、という考えられた動きなのです」

生の舞台に足を運んで、面に注目してお能を愉しんでみてはいかがでしょう。微妙な表情の変化を、能楽師が掛けた面から感じ取ってみてください。

面に注目してお能を愉しんでみてはいかがでしょう

撮影協力／金剛能楽堂
撮影／スタジオヒサフジ

田中春奈

田中春奈

能楽シテ方金剛流師範、公益社団法人能楽協会会員。1998年入門、故宇高通成師に師事。米国Pitzer大学にて文学士号、京都芸術大学大学院にて芸術修士号取得。
能楽師としては、2004年より公益社団法人能楽協会 nohgaku.or.jp 所属。2006年熱田神宮能楽殿に於いて、能「花月」にて初シテ。その後は毎年行われる名古屋能楽堂での若鯱能及び、定例公演に出演他、2008年より海外での能楽公演、ワークショップ（フランス、ベルギー、米国、スロベニア、韓国他）のアレンジメント及び通訳兼アシスタントを多数務める。
大学講師としては、2006年より6年間、京都精華大学人文学部シナリオ技法（演劇）の講義を担当、2014年以降は日本福祉大学に招聘されゲスト講師として登壇し、今年で9年目を迎える。
また2016年に京都市が発足した、京都市認定通訳ガイド（第一期）としても活動し、海外ツーリストの京都での特別な文化体験のプロデュースや、国際会議の際のＶＩＰレセプションやパーティーでの京都市長及び各国大使などの歓談通訳も務める。

椿屋

椿屋

映画と演劇が大好物で、年間200本もの新作を映画館で観る本の虫（雑食）。京都歴・キモノ歴ともに20数年。美酒美食に目がないのんべぇライターとしてKBS京都「SUNNY TIME」のコメンテーターをはじめ、メディアへの出演も多数。15年前から、国語講師との二足の草鞋を履いている。共著に『京都、朝あるき』（扶桑社）。

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